産業医を選任する企業が知っておくべき労働安全衛生法とは?

労働安全衛生法は従業員の安全の確保、健康の保持増進、快適な職場環境の実現を目的とした法律です。事業者として対応が必要な事項や義務も多く定められているため、法令遵守の整備に課題を抱えている事業者も多いのではないでしょうか。

本記事では労働安全衛生法と関係法令の中の産業医に関する条項に焦点を当て、産業医の選任義務がある事業者が、法令を遵守するために知っておくべき事項や義務について解説します。また産業医の役割が強化された2019年の法改正のポイントも併せてご紹介します。

労働安全衛生法とは

労働安全衛生法とは労働者を災害や健康被害から守り、健康で安心して働ける職場環境を整備する目的で制定された法律です。基は労働基準法に集約されていましたが、労働災害関連の問題が数多く発生したため、詳細な規定を作る必要があるとして1972年に労働安全衛生法として独立しました。

“この法律は、労働基準法(昭和22年法律第49号)と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする。”

引用)e-Gov 労働安全衛生法第1条

“事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。”

引用)e-Gov 労働安全衛生法第3条第1項

労働安全衛生法は、時代の変化や技術の進歩によって、新たな労働問題が浮かび上がるにつれて改正を重ねている法律です。

労働安全衛生法に基づく事業者の義務と努力義務

労働安全衛生法と産業医

労働安全衛生法には労働者の健康を守るために事業者が負う義務・努力義務が定められています。産業医に関する項目では次の5つが代表的なものです。

  • 産業医を選任する
  • 健康診断の実施と結果に基づく措置をとる
  • 長時間労働者に対する面接指導の実施する
  • ストレスチェックと高ストレス者に対する面接指導の実施
  • 衛生委員会(安全衛生委員会)を設置する

次よりこの5つの内容について詳しく解説していきます。

産業医を選任する

事業者は常時50人以上の従業員を使用する事業場に、産業医を選任する義務があります(労働安全衛生法第13条第1項、労働安全衛生法施行令第5条)。

また産業医の選任は、産業医を選任すべき事由が生じた日から14日以内に行わなければなりません(労働安全衛生規則第13条第1項第1号)。

産業医の選任人数や産業医の種別は、事業場の規模に応じて次のように定められています。

事業場の規模(従業員数)産業医の選任人数産業医の種別
1~49人選任の義務はなし医師や産業医による健康管理の努力義務
50~999人1人以上嘱託でも可 条件により専属※
1,000~3,000人1人以上専属
3,001人以上2人以上専属
※高温や低温の場所での業務、危険物を取り扱う業務など、労働者の健康に影響を及ぼす可能性がある有害業務に常時500人以上が従事する事業場では専属の産業医を選任する必要があります。

産業医を選任したら産業医選任報告書を作成し、管轄の労働基準監督署に提出します(労働安全衛生規則第13条第2項)。選任報告書の届け出は、産業医を変更する際にも必要です。

50人未満の事業場には産業医を選任する義務はありません。しかし従業員の定期健康診断結果に異常が見られた場合、ストレスによってメンタルヘルス不調を訴える従業員がいた場合など、事業者としての対応が求められる場面があるでしょう。小規模事業者に開かれている地域産業保健センターに相談することもできますが、自社で産業医を選任していれば、すぐに産業医に助言を仰ぐなど、事業者として素早い対応を行うことにつながります。従業員の健康管理を促進したい、健康経営を目指したいといった場合には、50人未満の事業場でも産業医の選任を検討してもよいでしょう。

参考)厚生労働省「産業医について~その役割を知ってもらうために~」

健康診断の実施とその結果に基づく措置をとる

事業者は従業員に対し健康診断を実施する義務と健康診断の結果に基づいて適切な措置を講じる義務を負っています(労働安全衛生法第66条、第66条の5)。

また事業者は健康診断の結果に異常所見がある従業員に対し、医師による保健指導を実施し、その従業員の健康を保持するために必要な措置について、医師の意見を聴かなければなりません(労働安全衛生法第66条の7、第66条の4)。そして医師から就業制限が必要であるなど意見が出された場合、事業者は必要な措置を検討・講じます。

このときの医師とは、当該従業員の事業場を把握する産業医が望ましいとされています。産業医は健康診断の結果を、従業員の職務内容や職場環境と照らし合わせて分析し、より適切な就業区分の判断や、事業者に対する環境改善策の提案が可能です。

健康診断の実施後、事業者は健康診断の結果の記録を作成し、5年間保存しなければなりません(労働安全衛生法第66条の3、労働安全衛生規則第51条)。さらに常時使用する従業員の人数が50人以上の事業場の場合、定期健康診断結果報告書を作成し、労働基準監督署に提出する必要があります(労働安全衛生規則第52条)。

長時間労働者に対する面接指導を実施する

事業者は長時間労働者に対する面接指導を実施しなければなりません(労働安全衛生法第66条の8、労働安全衛生規則第52条の2)。

従業員が労働安全衛生規則第52条の2に定められる長時間労働者に該当した際は、医師による面接指導を実施します。長時間労働が続くと、脳や心臓の疾患を発症する可能性やメンタル面に影響を及ぼすリスクが高まるため、従業員の健康保持を目的に行われるものです。面接指導を行う医師は、事業場に選任されている産業医が望ましいとされています。

面接指導の後に、事業者は当該従業員の健康を守るために必要な措置について、産業医の意見を聞かなければなりません。場合によっては産業医により、当該従業員の業務内容の変更や労働時間の短縮などを提案されるケースもあります。産業医の意見に基づいて措置を検討し、対応しましょう。

面接指導を実施するには、基本的には従業員による申し出が必要です。面接指導の目的や意義について従業員の理解を得ておかなければ、いざ面接指導の実施対象者となった際に拒否されてしまう可能性もあります。長時間労働になりそうな際には早めに通知したり、長時間労働者への面接指導の実施を周知徹底したりするなどして、実施率の向上を図ることも大切です。

ストレスチェックと高ストレス者に対する面接指導の実施

事業者にはストレスチェックの実施と高ストレス者に対する面接指導の実施が義務付けられています(労働安全衛生法第66条の10)。

事業者は従業員に対するストレスチェックを行わなければなりません。またストレスチェックで高ストレスと判定された従業員に対し、本人から申し出を受けた場合に、医師による面接指導を実施します。この場合の医師は事業場に選任されている産業医が望ましいとされています。

ストレスチェックは実施者を立てて行います。実施者の要件には医師や保健師、看護師などが含まれるため、産業医は実施者になることができます。また高ストレス者への面接指導の勧奨が行えるのも原則実施者と定められています。ストレスチェックの結果は実施者から従業員に通知されるようにしなければならず、事業者は従業員の同意なしに実施者から結果を提供してもらうことはできません。

高ストレス者への面接指導の実施後、事業者は当該従業員に必要な措置について、産業医に意見を聞きます。産業医から就業上の措置が必要であると意見があった際は措置を検討して対応しましょう。

ストレスチェック制度は2015年に義務化され、常時50人以上が業務に従事する場合は義務、50人未満の場合は当面の間、努力義務と定められています。常時50人以上の従業員を使用する事業者には年1回以上、定期的なストレスチェックの実施が義務付けられており、実施後は検査結果等報告書を労働基準監督署に提出する必要があります(労働安全衛生規則第52条の21)。

参考)厚生労働省「ストレスチェック制度導入マニュアル」

衛生委員会(安全衛生委員会)を設置する

常時50人以上が業務に従事する事業場では、衛生委員会を設置しなければなりません(労働安全衛生法第18条第1項、労働安全衛生法施行令第9条)。

衛生委員会は労働者の労働災害の防止や健康の維持促進に関する取り組みについて議論する機関です。委員会のメンバーは事業場の総括管理者、衛生管理者、産業医、労働者で構成され、労働衛生に関する議題を調査審議し、事業者に意見を述べる機能を持ちます。一部の業種では安全委員会の設置も義務付けられており、衛生委員会と安全委員会を統合して、安全衛生委員会として設置する場合もあります。

委員会は毎月一回以上開催するよう定められています(労働安全衛生規則第23条)。委員会の開催時には産業医に出席してもらい、職場環境の衛生面や安全面へのアドバイスや指導を求めましょう。

労働安全衛生法に違反すると罰則が科せられる

労働安全衛生法第120条に基づき、労働安全衛生法の次のような条項に違反した場合、50万円以下の罰金が科せられる可能性があります。

【50万円以下の罰金対象になる違反の一例】

違反内容法令
産業医の未選任労働安全衛生法第13条第1項
衛生委員会の未設置労働安全衛生法第18条第1項
健康診断結果の未記録労働安全衛生法第66条の3
健康診断結果の未通知労働安全衛生法第66条の6
衛生管理者の未選任労働安全衛生法第12条第1項
参考)e-Gov 労働安全衛生法

労働安全衛生法に基づく産業医の職務

労働安全衛生法に基づく産業医の職務も、産業医を選任する事業者が知っておくべき内容の一つです。事業者が法令を遵守するためにも、産業医に法令に則った業務を遂行してもらうためにも、産業医の職務内容の把握は重要です。

産業医の職務は労働安全衛生規則第14条第1項、第15条などに記載されています。分かりやすくまとめると主に次のような内容です。

  • 健康診断・ストレスチェックの実施と結果に基づく面談、事後措置の提案
  • 長時間労働者への面接指導と事後措置の提案
  • 安全衛生委員会への参加
  • ストレスチェックの結果や健康情報の管理
  • 健康教育、衛生教育、健康相談の実施
  • 定期的な職場巡視による職場環境の把握と必要措置の提案

法令を遵守した従業員の健康管理を行うには、事業者が産業医の職務内容を把握し、産業医と連携して取り組むことが大切です。

参考)独立行政法人労働者健康安全機構「中小企業事業者の為に産業医ができること」

産業医・産業保健機能に関する労働安全衛生法の改正ポイント

産業医・産業保健機能に関する労働安全衛生法の改正

働き方改革の推進に伴い、2019年4月に労働安全衛生法の改正が行われ、産業医・産業保健機能が強化されました。産業医を選任する事業者が知っておきたい改正ポイントには、長時間労働の面接指導対象となる基準時間の引き下げ、産業医による勧告の強化、産業医への必要な情報の提供といった内容が挙げられます。これらのポイントについて詳しく解説していきます。

時間外・休日労働時間が月80時間超の従業員に面接指導を実施する

長時間労働者に対する面接指導の基準が、時間外・休日労働時間「月100時間超」から「月80時間超」に引き下げられました。これは一般労働者の申し出を受けて実施する面接指導の場合の基準時間です。研究開発業務の従事者に向けた基準も設けられ、事業者は次のような区分、基準において面接指導実施の義務・努力義務を負っています。

【一般労働者 (裁量労働制・管理監督者を含む) 】
義務:月80時間以上の時間外・休日労働を行い疲労の蓄積が認められ、申し出を行った者
努力義務:事業者が定めた独自の基準に該当する者

【研究開発業務の従事者】
義務:月80時間以上の時間外・休日労働を行い疲労の蓄積が認められ、申し出を行った者
義務:月100時間以上の時間外・休日労働を行った者(申し出の必要なし)
努力義務:事業者が定めた独自の基準に該当する者

【高度プロフェッショナル制度適用者】
義務:週の健康管理時間が40時間を超えた時間の合計が月100時間を超えた者(申し出の必要なし)
努力義務:上記の対象者以外で面接を申し出た者

事業者には、管理職を含むすべての従業員の労働時間を把握する義務を負っています(労働安全衛生法第66条の8の3)。規定の時間を超える前に従業員に労働時間を通知する、また体調変化を早期に把握、申告できる仕組みを整えるなど、法令遵守と健康管理を両立できる環境を整えることも重要です。

参考)厚生労働省「長時間労働者への医師による面接指導制度について」
参考)日本労働組合総連合会(連合)「『労働安全衛生法』が改正されました」

産業医は事業者に必要な勧告を実施する

産業医が労働者の健康を確保するために対策を講じる必要があると判断した場合、産業医は事業者に勧告することができます。改正後は事業者に、この産業医の勧告を尊重することが義務付けられました(労働安全衛生法第13条第5項)。また産業医から勧告を受けた場合、衛生委員会または安全衛生委員会に報告する義務も追加されました(労働安全衛生法第13条第6項)。

事業者は産業医から勧告を受けた場合、勧告内容や対応方法などを書面に記録し、3年間保存しなければなりません。勧告を無視した場合は、労働安全衛生法違反となり、罰則が科せられる可能性が生じます。

参考)厚生労働省「産業医の関係法令」

産業医へ必要な情報を提供する

法改正によって事業者は、産業医が従業員の健康管理などを適切に行うために必要な次のような情報を、産業医に提供することが義務付けられました(労働安全衛生法第13条第4項)。

  • 健康診断の結果に基づく事後措置に必要な情報
  • 長時間労働者の労働時間や業務内容などの情報
  • 面接指導後の措置に関わるすべての内容

産業医と話し合い、従業員の健康管理に関わる職場環境などの情報を定期的に伝えるなどの工夫をしておくと、産業医とスムーズな連携が取れるでしょう。

また産業医が従業員からの健康相談に対応するための体制整備を行うことも、事業者の努力義務として定められました。

参考)東京労働局 労働基準部 健康課「改正労働安全衛生法のポイント」

産業医は独立性・中立性をもって職務を行う

法改正において、産業医が専門的な立場から、独立性・中立性を保持して職務に当たれるよう条文が追加されました。

“産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識に基づいて、誠実にその職務を行わなければならない”

引用)e-Gov 労働安全衛生法第13条第3項

これは産業医のあり方を示すものです。産業医は事業者側、従業員側のどちらかに偏ることなく中立の立場で職務を行うことが明示されています。

例えば事業者側に偏った意見を持つ産業医では、従業員は健康相談や面接指導の申し出をしにくくなるでしょう。長時間労働者や高ストレス者への面接指導には、従業員からの申し出が必要です。従業員の健康を保持するために面接指導が円滑に行えるよう、事業者は産業医の中立性を保てるように配慮しましょう。

産業医の業務内容を労働者に周知する

産業医を選任する事業場では、産業医の業務内容や面談の申し出方法などについて、従業員に周知しなければならないことが法改正により定められました(労働安全衛生法第101条第2項)。

各作業場の見やすい箇所に掲示する、書面を従業員に交付する、デジタル掲示板を用いるなどして周知します。

従業員に周知することで、従業員が自ら健康面やメンタル面の相談を早めに行える可能性が高まります。病気やメンタルヘルス不調の未然防止、低減にもつながるでしょう。また面接指導の勧奨をした際にも応じてもらいやすくなります。

まとめ

労働安全衛生法は従業員の安全の確保や健康の保持増進、また快適な職場環境づくりを目的とした法律です。産業医の選任義務がある事業者は、法令に則った産業医の職務内容を把握し、産業医と上手く連携して従業員の健康管理を行う必要があります。

産業医との連携を深め、健康管理体制を整えるには、自社の業種に理解があり、労働衛生に関する自社の課題に精通した産業医を選任することが重要です。自社のニーズに沿う産業医を選任したい際には、幅広い人材が登録されている産業医紹介サービスを活用すると見つけやすいでしょう。

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株式会社メディカルトラスト 編集部

執筆者株式会社メディカルトラスト 編集部
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2001年から産業医、産業保健に特化して事業を展開。官公庁、上場企業など1,000事業場を超える産業医選任実績があります。また、主に全国医師面談サービスの対象となる、50名未満の小規模事業場を含めると2,000事業場以上の産業保健業務を支援。産業医は勿論、保健師、看護師、社会保険労務士、衛生管理者など有資格者多数在籍。

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