社会が徐々にデジタル化し、また在宅ワークの導入でこれまで以上に業務上でインターネットなどを利用しなければならなくなっている中で、気をつけたいのが「テクノストレス」です。文字通り「テクノロジーによって感じるストレス」のことですが、どのようなストレスを感じているか、心身にどのような影響が出るかは人それぞれです。ここではテクノストレスの種類などについてご紹介し、その対策法を考えてみましょう。
目次
「テクノストレス症候群」には相反する2種類がある
「テクノストレス」というと、みなさんはどのようなものを思い浮かべるでしょうか。「テクノストレス症候群」というのは1980年代に名付けられたもので、実は真反対の2種類があります。パソコンという新しくて便利なツールに「依存する」「不安をおぼえる」といった、人によって真逆の反応です。しかし、テクノ依存にせよテクノ不安にせよ、心身の不調につながるため、放置できない問題です(図1)。
【図1 テクノストレスの主な症状】
テクノ依存、とりわけインターネット依存については上図の症状はなんとなく想像がつくことでしょう。インターネットなどに没頭し、現実での対人関係や社会生活に支障をきたすようになるという症状があります。なかでもゲーム障害は、2019年に国際疾病分類の中に「ICD-11」というコードで収載されました。
一方でテクノ不安とはどういったところから始まるのでしょうか。これは中高年に多く、パソコンなどへの苦手意識から始まります。苦手意識が高まりすぎた結果、パソコンの前に座っただけで不安になり、冷や汗や震えなどの拒否反応が出始めます。さらに進むとイライラしたり、パソコンをうまく使いこなせない自分に強い絶望感を抱いたりして、抑うつ状態に陥る場合もあるというものです。
「テクノ不安」の事例
テクノ不安の一例として、金融系企業に勤める40代後半の男性の事例が紹介されています。
男性は顧客相談を主な業務とし、その際には1台のパソコンで多くの金融ソフトを使っていました。入力業務が多く、迅速な処理が要求される現場です。少し遅いといらついた態度を見せる顧客もいたといいます。休日出勤をして練習しましたが、思うようにはいきませんでした。
(つらくなるのは)入力ミスをした時です。せかされると焦ります。それでミスする。パニクって、頭が真っ白です。
(中略)
どうしようもなくなります。パソコン操作するのが怖くなります。どうしたら、良いでしょうか?
―引用:「パソコンを使って顧客対応、中高年に『テクノストレス』発生中」読売新聞オンライン
そして男性は「パニック障害」の診断を受け、投薬治療に踏み切りました。
「デジタルネイティブ」世代でもパソコンが苦手な場合も
こうしたテクノ不安は中高年だけのものだと思われがちですが、じつは若者にも起きる可能性があります。というのは、近年、パソコンが苦手な大学生の存在が指摘されているのです。
デジタルネイティブと呼ばれる世代でも、スマートフォンやタブレットの操作には慣れているものの、パソコンとなるとすこし事情が違うというものです。このような調査結果もあります。ある大学で学生1010人を対象にアンケートを実施したものです。タッチタイピングについて、このような回答が得られています(図2)。
【図2 立命館大学で実施されたアンケート調査結果】
また、「2000文字程度のレポートをどう書くか?」といった質問への回答は下のようになっています(図3)。
【図3 レポートの作成方法】
スマートフォンや手書きを利用した上でパソコンに向かう学生が少なからずいることがわかります。就職後に使用する業務ソフトは、レポートを書くよりも複雑なものであり、スマートフォン頼りというわけにはいかなくなります。若者についてもまた、テクノストレスを感じる可能性を考慮しなければならないのです。
テクノ依存症と情報リテラシー
厚生労働省のサイトでは、テクノ依存(ネット依存)について下のような事例が紹介されています。
32歳の男性。大学2年目頃からインターネットゲームにのめり込み昼夜逆転、大学を3年留年。卒業後3年目に父親の会社の取引先に就職。しかし入社3か月目頃に父親の会社がうまく立ちゆかなくなったことから、今度は大事な情報を見逃すまいと週30時間以上会社のパソコンでネットにアクセス、会社に寝泊まりするように。
その頃より睡眠障害の状態に至ったと考えられる。職場で朝の点呼をサボり昼過ぎに報告に来るといったルーズさが目立つようになり、そのことを指摘された際にカッとなって同僚を突き飛ばし、全治1か月のケガを負わせた。
会社側は事情聴取の結果直ちに解雇を決定。男性は精神科を受診、「脅迫障害(ネット依存)、不安障害及び非24時間型睡眠障害」の診断を受けた。
上記の事例は極端なものと受け止められるかもしれません。ただしこの事例が示唆に富んでいるのは、父親の会社の情報について、ネットだけで執拗に情報を求めている点です。この男性の場合、「自分が求めているものはインターネット上で全て完結する」というテクノに対する過度な期待を持っていた可能性があります。
スマホネイティブ世代は同時に、「失敗したくない若者」でもあります。以前、筆者が勤め先で人材開発の仕事をしていたとき、先輩が興味深い注意を新入社員に与えました。それは、今はわからないことがあればポケットからスマートフォンを取り出してすぐに検索する癖のある人が多い、しかしそれは真実とは限らない、ということです。なお、ソニー生命の調査によると、社会人2年生は、仕事を進めるにあたってこのような考えを持っています(図4)。
【図4 仕事をする上で大切にしていること】
スマホネイティブでもある若手世代の中には、「絶対にミスをしない」ことを重視する向きがあることがわかります。「上司の顔色を窺いながら質問するよりもスマホで解決した方が楽」。そのための拠り所がネットであるとすれば、テクノ依存という側面だけでなく同時に情報リテラシーの面からも憂慮すべき状況だと筆者は考えます。
「見えない手元」への配慮も
さて、これらの問題がオフィスで起きていれば、外から観察することも可能でしょう。
しかしテレワークが進んでいる現在では、こうしたテクノ不安やテクノ依存は発見できない可能性が高いものです。テクノ不安の場合は、その悩みを打ち明けないまま自己嫌悪を深めてしまうこともあるでしょうし、テクノ依存の場合は、素早い回答を求められた際にスマホだけを情報源にしている可能性があるのです。
特にテクノ不安の場合、リモートでは「作業が遅い」「さぼっているのではないか」と受け止められるかもしれないという大きな恐怖と闘っている人の存在を考慮するのが良いでしょう。この手の困り事は、真面目な人ほど「恥ずかしいこと」と捉えてしまいます。相談相手のいない自宅ですからなおのことです。ソフトの操作方法といった、ちょっとしたことでも気軽に相談できる窓口を設置するなどの工夫が必要なケースは少なくないと筆者は考えます。