糖尿病は、誰しも一度は耳にしたことがある病名だと思います。
その病名が、今後変わるかもしれない、というニュースがありました。
糖尿病という病名のもつイメージをよく思わない方がいる、というのがその理由のようです。
今回の記事では、糖尿病の病名の変更が検討されている理由や、これまでに変更されてきた病気についていくつか紹介していきます。
糖尿病の名前が変わる?スティグマとは?
糖尿病は、医療従事者にはもちろん、非医療従事者の方にも広く知られた病気と考えられます。
一方で、日本糖尿病協会では、糖尿病患者が社会的にスティグマ(偏見)を持たれていることを受け、「糖尿病」という疾患名の見直しを検討しています。
この「糖尿病」という名前に「尿」が含まれているから、などの理由があり、糖尿病患者からは名前の変更を望む声が出ているのがその理由のようです。
スティグマとは、日本語の「差別」や「偏見」などに対応しています。
具体的には、「精神疾患など個人の持つ特徴に対して、周囲から否定的な意味づけをされ、不当な扱いをうけること」という意味です。
スティグマの歴史は古く、もともとは古代ギリシアで「身分の低い者」や「犯罪者」などを識別するために体に強制的に付けた「印(しるし)」に由来した言葉です。
現代では、社会的に立場の弱い人々やマイノリティに対する差別・偏見などを含む、広い意味を持つ言葉として用いられているようです。
糖尿病での個人レベルのスティグマは、以下のようになります。
知識の問題は、「糖尿病は治らない、糖尿病にかかるのは心が弱い人や自制ができない人」といった誤った理解を意味します。
態度の問題は、糖尿病は怖いという偏見や、一緒に働きたくないといった心理的抵抗感などが、糖尿病をもった人への拒否的な態度に表れることです。
行動の問題は、糖尿病を持った人を雇わない・口をきかないなど、その人を差別・排除するような行動です。
このようなスティグマは市民のスティグマと言われています。
筆者がもつ糖尿病に対するイメージとしては、「糖尿病になると、薬を飲んだりインスリンを打ったりする治療が大変そうだな」というくらいでした。
そのため、そうしたスティグマを持つ人もいることや、それに悩まされている患者さんがいるということについては、恥ずかしながら思い及んだことがあまりなかったのも事実です。
同じ病名からも、人によって受ける印象が異なることについては、注意しなければならないと改めて感じました。
さて、病気の名前が変わるということは、歴史的にみても珍しいことではありません。
そこで、次に、現在までに名前が変わってきた病気についていくつかご紹介しましょう。
今までに名前が変わってきた病気
糖尿病の名前が実際に変わるかは現時点でまだわかりません。
しかし、今までに病名が変わった病気はいくつかありますので、3つほどご紹介します。
(1)認知症
認知症は、成人に起こる認知障害のことです。
記憶や判断、言語、感情などの精神機能が慢性的に減退し、持続することで日常生活に支障をきたした状態を指します。
認知症は、過去には「痴呆(ちほう)」と呼ばれていました。
痴呆という言葉は、漢字で現されるように、「ぼけた」や、「ばかな」といった意味も持ち、侮蔑感を感じさせる表現でした。
また、認知症の症状の実態を正確に表していないという面もあります。
さらに、痴呆という言葉が過剰な恐怖心や羞恥心をあたえ、適切な医療に結びつくのを妨げ、早期発見・早期診断等の取り組みの支障になることもあったようです。
こうした背景もあって、2004年に痴呆は認知症へとその病名が改められました。
(2)統合失調症
統合失調症は、思考や行動、感情を1つの目的に沿ってまとめていく能力、つまり統合する能力が長期間にわたって低下し、その経過中にある種の幻覚、妄想、ひどくまとまりのない行動が見られる病態のことです。
まとまりきれない心の内容が、現実とは異なった形を取り、幻覚や妄想となることがあります。
これは脳内の情報伝達物質がバランスを失ったためで、その多くは薬が効きます。幻覚や妄想は、他の病気にも見られるものです。
統合失調症は、過去には「精神分裂病」と呼ばれていました。
しかしながら、「精神が分裂する病気」というのはあまりに人格否定的な印象を与えます。
そのため、本人にも告げにくい、という声が精神障害者家族連合会から上がりました。
そうした経緯もあり、日本精神神経学会は2002年8月、1937年から使われてきた「精神分裂病」という病名を「統合失調症」に変更しました。
精神が分裂している、というのは、統合失調症の症状を正確に表現していないということや、病名が持つマイナスのイメージが原因で、患者さんが社会生活を営む上での妨げになっていたといった点については、認知症の場合と同様でしょう。
(3)ハンセン病
ハンセン病は、かつて「らい」あるいは「らい病」と呼ばれていました。
ハンセン病は、皮膚と末梢神経の病気で、らい菌という結核菌等と同じ抗酸菌という細菌が原因で起こります。
診断や治療が遅れると、後遺症として主に指、手、足等に知覚マヒや変形をきたすことがあります。
ただし、らい菌の感染力は弱く、感染し発病することは稀とされています。
乳幼児期に多量かつ頻回にらい菌を口や鼻から吸い込む以外、まず発病することはありません。
現在、日本において感染源になる人は殆どいませんし、遺伝もしません。
過去の日本では、衛生状態や栄養事情が悪かったために感染症が広まりやすかったという事情がありました。
また、有効な治療薬がなかったため、「不治の病」と考えられていた時代がありました。
そのために、強制隔離など、現在では非人道的ともとれる対策がとられました。
1996年「らい予防法」が廃止されました。
その際、らい菌を発見したノルウェーのアルマウェル・ハンセン医師の名前をとって、病名が「ハンセン病」へと改められました。
「らい」「らい病」という言葉が、歴史的にハンセン病回復者が傷つき、悲惨なイメージをもたらすことから、偏見、差別を是正する目的での改名でした。
ここで挙げた病名はほんの一部ですが、現代の我々からすると、「昔の人達は、よくこのような名前をつけたものだ」と感じられることもあるのではないでしょうか。
しかしながら、その病気の名前が付けられた当時の社会情勢や、病気の治療法があったのかどうかなど、いろいろな背景があったため、仕方なかった、というのもまた事実なのかもしれません。
当時の人たちは、どのような思いでこうした名前を付けられたのだろうか、と思いを馳せることもできるでしょう。
一方で、現在では当然のように使われている病名も、その治療に取り組んでいる人たちが先述のスティグマに悩んでいる場合もあります。
そのため、現在は当然のように使われている病気でも、将来的に変わっていくことがあるかもしれません。
例えば、糖尿病の名前が変わるとしたらどのような病名があるのか、筆者は同僚の糖尿病専門医に聞いてみました。
すると、同僚医師は「高血糖症」や、「糖代謝異常」、「高血糖症候群」などがあるかな、と話していました。
まだ変わるかどうかも検討中ではありますが、今後そのような名称になる可能性もあるかと思います。
社会では、糖尿病をはじめいろいろな病気の治療中の方がいます。
職場でも、何らかの病気の治療をしながら仕事をしている人は少なからずいるでしょう。
やはり病名から受ける印象は人それぞれに異なるため、「この病気はこういう人や性格の人がなるものだ」といった偏見を持つことなく生活していくことが大切だと考えます。
まとめ
今回の記事でご紹介した病気をはじめ、どのような病名であっても、それから感じるイメージは人それぞれ異なる可能性があります。
病気について正しい知識を持つことは大切です。
同時に、人によって病気に対するイメージはさまざまであることも理解しておくことも、誤解や対立を避けるために大切だと考えます。