政府は2021年7月、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の変更を閣議決定しました。大綱のなかでは、長時間労働の削減に向けた新たな取り組みが追加されています。そして脳・心臓疾患や精神疾患を発症し、過労死に至ってしまう原因の一つが、長時間労働です。
そこで、この記事では以下のことを紹介します。長時間労働を強いる企業に対しては企業名が公表されることもあります。
適切な労働環境の整備に向けて、参考にして下さい。
- 過労死とは
- 長時間労働と健康障害との因果関係
- 過労死等の防止のための対策に関する大綱について
- 過労死等を防ぐために企業が取り組むべきことは
目次
過労死とは
過労死等とは、2014年に施行された過労死等防止対策推進法第2条により、以下のとおり定義づけられています。*1
- 業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
- 業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
- 死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害
過労死等防止対策推進法の制定
過労死という言葉は1980年代のバブル期に登場した言葉です。経済発展の裏側で、長時間労働・過重労働をつづけた労働者が脳・心臓疾患で命を失う事例が多くの職場で発生しました。
そんな中、1988年に医師・弁護士の有志が中心となった「過労死110番全国ネットワーク」が電話による全国一斉相談を始めた反響は大きく、新聞やテレビによる報道によって過労死という言葉が定着します。*2 海外でも「karoshi」という言葉がメディアで取り上げられ英和辞書にも収載されました。その後、弁護団を中心に過労死に対する法律の制定について要請が続けられ、2014年6月に過労死等防止対策推進法が成立します。
長時間労働と健康障害の因果関係
当然のことではありますが、長時間にわたる過重な労働は疲労を蓄積させ、様々な病気の原因となることは、私の医師としての所見とも一致します。
長時間労働と脳・心臓疾患
脳・心臓疾患に係る労災認定基準では、月45時間以上の時間外労働が長くなるほど脳・心臓疾患の発生率は上がると指摘されました。また、過去2か月間、3か月間、4か月間、5か月間、6か月間のいずれかの月平均の時間外・休日労働時間が80時間を超える場合、健康障害のリスクは最大となります。*3
この数字は、完全週休2日である1ヶ月を22日勤務とした場合でも、1日あたり4時間の残業で超過してしまう計算になります。
毎日22時ごろまで働くと達成されてしまうため、過労死のリスクに晒されている人は決して少なくないといえるのではないでしょうか。
長時間労働と精神障害
また、最近問題となってきているのが過重労働と精神障害との関連です。精神障害の労災認定基準は、「業務上の強いストレスによって精神障害が発生したと考えられるかどうか」という観点から判断されます。*4
具体的には、以下の3つの基準を満たす必要があります。
- 精神障害の発症が認定基準に該当すること。
- 精神障害の発症前6カ月間に業務による強い心理的負荷を受けていたこと。
- 業務以外の心理的負荷や個人的要因による精神障害でないこと。
脳・心臓血管疾患にかかわる労災の認定件数が減る一方で、近年では精神障害にかかわる労災認定の件数が増えています。仕事によるストレスや私生活でのストレスと、ストレスへの個人の対応力の強さによって精神障害は起こると考えられ、同じような業務上のストレスであったとしても反応は異なるため、相談を受ける窓口担当者や産業医は個人に合った対策・ケアを考える必要があるでしょう。
過労死等の防止のための対策に関する大綱について
過労死等防止対策推進法では、過労死等の防止対策を効果的に推進するため「政府は、過労死等の防止のための対策に関する大綱」を定めなければならないとされています。*5 *6
大綱の特徴と長時間労働の抑制
大綱では、国や地方公共団体、事業主そして労働者がおおむね3年間に取り組むべきことがまとめられており、過労死予防のための数値目標を具体的に設定していることが特徴です。2021年の改定では以下のことが新たに盛り込まれました。*7
- 労働時間については、週労働時間60時間以上の雇用者の割合を5%以下とする
- 勤務間インターバル制度を知らなかった企業割合を20%未満とする
- 勤務間インターバル制度を導入している企業割合を10%以上とする
- 年次有給休暇の取得率を70%以上とする
- メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合を80%以上とする
- 仕事上の不安、悩み又はストレスについて、職場に事業場外資源を含めた相談先がある労働者の割合を90%以上とする
- ストレスチェック結果を集団分析し、その結果を活用した事業場の割合を60%以上とする
新たに盛り込まれた内容を見てもわかるように、長時間労働・過重労働を減らすことを国が重視していることが分かります。
ただし、これらは事業者が目指す数値目標であって義務ではありません。労働者に働きすぎであるという自覚がない場合や、仕事への責任感がありすぎる場合には、面談を行い指導を行っても長時間労働・過重労働が放置されてしまう事もあるでしょう。そのため国や企業が主体となって強制力のある施策を考える必要があります。
長時間労働を防ぐために企業が取り組むべきことは
長時間労働を防ぐために、国や企業が取り組むべきことがらにはどのようなものがあるのでしょうか。大綱で新たに示された対策を中心に、4点ほど紹介します。
始業・終業時刻の正確な確認及び記録
まずは就業時間の正確な把握のための始業・終業時刻の確認及び記録です。*8
サービス残業が常態化している日本では、終業時に退勤処理をしてから再び働いたり、そもそも管理をしていない職場が存在します。タイムカードだけではなく、最近ではスマートフォンのアプリやカメラを用いた管理など、客観的な記録が可能な製品も登場しているため活用しましょう。また、最近広がっているリモートワークは就労時間の定義が曖昧です。ご自身が時間で作業を行うのか、業務に応じた作業を行うのか、事業者と確認する必要があります。
36協定の締結
法定労働時間を超えて労働者に残業させる場合には、労働基準法第36条に基づく労使協定、いわゆる36協定の締結と所轄労働基準監督署長への届出が必要です。*9
36協定では、時間外労働を行う業務の種類や時間外労働の上限などを決めなければなりません。36協定を締結せず法定労働時間を超えて残業させると労働基準法違反となり6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられるほか、悪質な場合は企業名が公表されます。中小の企業や飲食業などでは36協定を締結していない事業所もまだまだ多く、事業者側の努力も必要なほか、労働者も法律を意識し勤務の記録がされているか意識しましょう。
インターバル制の導入
大綱で新たに変更された事項の一つとして、インターバル制の導入推進があります。勤務間インターバル制度は、終業時刻から次の始業時刻の間に一定時間の休息を設けるものです。過労死防止策として有効なほか、従業員にとってはワークライフバランスの実現、事業者にとっては優秀な人材の確保と定着が期待できます。
しかし、勤務間インターバル制度は認知度が低いほか、導入している事業者も増えていません。国はインターバル制度導入に対して助成金を設け導入を支援しており、導入が増えることが事業者にとってもメリットがあると理解を深めて頂くことが必要です。*10
ストレスチェックの活用
大綱で新たに変更された事項の一つとして、ストレスチェックの存在も重要です。ストレスチェック制度は、労働者のストレス状態を定期的に検査し結果を知ることで、労働者自身がストレス状態に気づき個人のメンタルヘルスが不調になることを避ける目的があります。
また従業員全体の結果分析により、職場環境の改善を図ることも併せて目的としています。この制度は2015年12月に施行され、労働者数50人以上の全事業場が年1回実施することが義務付けられました。*11
ストレスチェックを正確に行うためには、プライバシーが守られることを周知し正直に記入していただく必要があります。労働者が50人未満の事業所ではストレスチェック及び産業医の選定が必要ありませんが、可能な限り同制度を活用して従業員の長時間労働・過重労働に配慮しましょう。
過労死は本人・家族・企業・社会にとって損失
国は過労死防止のために、調査研究や学校への講師派遣事業、過労死等防止啓発月間といった啓発事業などを行っています。過労死は、本人はもとより、その家族のみならず社会にとっても大きな損失です。少子高齢化社会と働き方の多様化にも対応した働き方改革の実現に向けて、企業と行政とが一体になって長時間労働と過労死対策に取り組んで下さい。