労務に関するコンプライアンス違反は、労働環境を悪化させ、優秀な従業員の離職に繋がりかねません。
また、労働基準監督署による摘発対象となる可能性もあります。安定的に事業を運営するには、労務に関するコンプライアンスの強化・見直しが必要不可欠です。今回は、労務コンプライアンス違反が問題となった過去の裁判例に焦点を当てて、経営者や管理職が労務管理を行う際の注意点を解説します。
目次
ケース1|ファストフード・チェーンの名ばかり管理職事件
1つ目に紹介する裁判例は、全国展開されているハンバーガーショップにおいて、いわゆる「名ばかり管理職」が問題となった事例です(東京地裁平成20年1月28日判決)。
事案の概要
原告は、本社直営のハンバーガーショップの店長を務めていました。運営会社は、原告が「店長」であることを理由に、労働基準法上の「管理監督者」として取り扱い、時間外労働の割増賃金(=残業代)を一切支払っていませんでした。これに対して原告は、運営会社に対して過去2年分の割増賃金を遡って支払うように請求しました。東京地裁は以下の理由を挙げて、店長は「管理監督者」に該当しないと認定し、運営会社に対して約750万円の支払いを命じました。
- 店長の職務、権限は店舗内の事項に限られ、経営者と一体的な立場にあるといえるような重要な職務、権限は付与されていない
- 勤務実態に鑑みると、労働時間に関する実質的な自由裁量があったとはいえない
- 店長の業務は、労働時間の規制になじまない内容、性質のものではない
- 店長の賃金は、管理監督者に対する待遇として十分とはいえない
「名ばかり管理職」とは?
いわゆる「名ばかり管理職」とは、労働基準法の「管理監督者」として取り扱われているものの、経営者と一体的な立場にあるとはいえない従業員のことです。「店長」「課長」「係長」などが管理監督者として取り扱われている場合、一般に「名ばかり管理職」の可能性が高いと考えられます。
労働基準法上の管理監督者には、経営者と一体的な立場にある従業員だけが該当します。具体的には、以下の4つの観点を総合的に考慮して、管理監督者に該当するかどうかが判断されます。
- 職務内容の重要性
- 責任と権限の重要性(特に人事権、労働時間の自由裁量)
- 勤務態様が労働時間の規制になじまないこと(経営判断、イレギュラーな会議への出席など)
- 賃金その他の待遇が、管理監督者にふさわしいものであること(一般従業員との比較)
ハンバーガーショップの裁判例でも、上記の4つの観点から検討が加えられた結果、店長が管理監督者に該当しないと認定されました。
残業代を正しく支払わないとどうなるのか?
会社が残業代を正しく支払わないと、後で従業員に未払い残業代を請求される可能性があります。現行の労働基準法では、過去3年間に遡って残業代を請求できるため、会社は巨額の支払いを強いられることになりかねません。
また、残業代の未払いは、労働基準監督署による刑事処分や行政処分の対象でもあります。会社のレピュテーションの観点からも、残業代はきちんと支払うべきでしょう。
ケース2|保険会社のパワハラ事件
2つ目に紹介する裁判例は、保険会社におけるパワハラが問題となった事例です(鳥取地裁米子支部平成21年10月21日判決)。
事案の概要
原告は、保険会社の営業班においてマネージャー(班長)を務めていました。
ある日、原告の営業により生命保険契約を締結した顧客が、契約締結から約3か月後という短期間で死亡しました。
会社側は、原告に対して「不告知教唆(=病状を伝えないように顧客を唆すこと)」の疑いをかけ、支社長が他の社員の面前で原告を問いただしました。さらに、原告の承諾なく班を分離し、侮辱的・人格否定的な言葉による叱責を繰り返しました。
原告は、上記の取扱いを受けて体調不良を訴え、ストレス性うつ病と診断されて休業・入院し、最終的には退職に至りました。
その後原告は、会社などに対して損害賠償請求訴訟を提起し、鳥取地裁米子支部は会社に330万円の損害賠償を命じました。
パワハラに当たる行為のパターン
厚生労働大臣のパワハラに関する指針では、パワハラに該当する行為の類型として、以下の6つが挙げられています。
- 身体的な攻撃 →暴行・傷害
- 精神的な攻撃 →脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
- 人間関係からの切り離し →隔離・仲間外れ・無視
- 過大な要求 →業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害
- 過小な要求 →業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや、仕事を与えないこと
- 個の侵害 →私的なことに過度に立ち入ること
会社がハラスメントを放置するとどうなるのか?
会社には、社内におけるパワハラやセクハラを防止するために、必要な措置を講ずる義務があります(労働施策総合推進法30条の2第1項、男女雇用機会均等法11条1項)。
義務に違反した場合には、厚生労働大臣による助言・指導・勧告の対象となるほか、勧告に違反すれば公表措置の対象となります(労働施策総合推進法33条、男女雇用機会均等法29条、30条)。
また、ハラスメントが横行する会社であるとの評判が広がれば、企業イメージは大きく低下し、売上や人材採用に悪影響が生じる可能性もあるでしょう。会社が安定的に成長を続けていくためには、社内ハラスメントの防止に注力する必要があります。
ケース3|広告代理会社の過労死事件
最後に紹介する裁判例は、広告代理会社において過酷な長時間労働をさせられた従業員が、自ら命を絶った事例です(東京簡裁平成29年10月6日判決)。
事案の概要
問題となった広告代理会社では、労使協定(36協定)の上限を超える過剰な長時間労働が常態化していました。自ら命を絶ってしまった従業員は新入社員であり、連日長時間労働に従事させられた後、うつ病を発症したものと認定されました。東京簡裁は、労働基準法違反の罪により、広告代理会社に対して罰金50万円の刑を言い渡しました。
また、広告代理会社と従業員の遺族の間では、別途民事上の和解が成立した旨が報道されました(金額など非公表)。さらに社長の引責辞任や、各役員の報酬減額・自主返上などにも発展しました。
労働基準法による長時間労働の制限
従業員の労働時間は、原則として「1日8時間・1週間40時間」が上限とされています(労働基準法32条)。これを「法定労働時間」といいます。法定労働時間を超えて従業員を働かせるには、会社は労働組合などとの間で労使協定(36協定)を締結しなければなりません(同法36条1項)。
36協定では時間外労働の上限が定められますが、その時間数は原則として「月45時間・年360時間」までに限定されます(同条4項)。「特別条項」を定めれば、臨時的に限度時間を超えて働かせることもできますが、その場合にも以下の制限を遵守しなければなりません。
- 年720時間以内
- 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
- 時間外労働と休日労働の合計について、「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」がすべて1か月当たり80時間以内
- 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、1年のうち6か月以内
- 坑内労働などの健康上特に有害な業務については、1日2時間以内
従業員を過労死させてしまったら、会社はどうなるのか?
従業員を過労死させた会社は、従業員の遺族に対して損害賠償責任を負います。労災保険で一定額はカバーされますが、全額はカバーされないため、巨額の損害賠償を行うことになるでしょう。
また特に近年では、長時間労働に対する社会の視線が厳しくなっているため、従業員の過労死は不祥事として大きく報道される可能性があります。その場合、企業イメージの大幅な低下は避けられません。会社としては、従業員の労働時間や労働環境などを適切に管理して、過労死の発生を未然に防ぐことが求められます。