メンタルヘルスに不調を抱えたとき、「仕事を辞めたい」と思う方は、多いのではないでしょうか。部下から「会社を辞めたい」と相談されることもあるでしょう。筆者も経験があるのですが、振り返れば、「メンタルヘルス不調のときは、会社を辞めるべきではない」と、強く実感するところです。本記事では、その3つの理由をお伝えしたいと思います。
目次
理由1:メンタルヘルス不調のとき人生の大決断はしないほうがいい
1つめの理由は、「メンタルヘルス不調のとき、人生の大決断は、しないほうがいい」からです。
「今は決めない」ことが大事
基本的な事項として、「メンタルヘルス不調のときは、重大な決断をすべきでない」とよくいわれます。なぜでしょうか。厚生労働省のサイト「こころの耳」の相談事例にて、わかりやすく解説されていますので、以下に引用します。
転職がその人の人生において大きな発展につながる分岐点となる場合も確かにあります。しかし、一般的にうつ病の状態が悪い時期には「人生の大決断をしない」ということも忘れてはいけません。「考えがまとまらない」、「どうしたらいいか考えが浮かばない」などという思考力や決断力が低下し、心理的な視野狭窄(しやきょうさく)が起きている状態で導く結論は、大きなリスクを含んでいることが多いからです。「大決断」を実行し、後悔し「何をやってもダメだ」という自責の念から、自殺のリスクが高まる場合もあります。
―厚生労働省 こころの耳「うつ病罹患中の会社員が転職活動をする是非を検討する事例」
いざ当事者になると、なかなか自分を客観視できなくなるものです。だからこそ、「今の自分の考えは、心理的な視野狭窄によるものかもしれない」と、ある意味では自己を疑う視点を持ち、決断を先送りすることが大切です。
泣きながら「迷惑をかけたくないから、辞めます」
筆者の体験談をお話しすると、部下が、「迷惑をかけたくないから、辞めます」と、泣きながら言ってきたことがあります。
体調不調から仕事上のミスや欠勤が増え、よい対応を検討していた矢先のことです。筆者は、部下の話を聞くだけに徹し、結論めいたことやアドバイスは口にせず、ただその時間をともにしました。なぜなら、過去、自分にも同じ経験があったからです。
「辞めるのは、いつでもできるから」
若手だった頃、さまざまな不調やストレスが重なって、こころが不安定になったことがありました。会社が好きでしたし、上司のことも慕っていました。自分が扱う商品やブランドに、深い愛情を持っていました。
「自分の不甲斐なさのせいで、迷惑をかけたくない」「私はここに、いないほうがいい」振り返ると、「なぜ、あそこまで絶対的な確信で、自分を追い込んでいたのだろう」とふしぎに思う経験ですが、“辞めるしか道はない”と思い込んでいました。
まさに、先ほどの引用文にあった“心理的な視野狭窄が起きている状態”です。
そのとき、筆者の上司はどう振る舞ったのかといえば、「はいはい、はい」という感じで、いい意味で、右から左に受け流していました。筆者が感情的になっても、上司は感情的になりません。同情したり、心配しすぎたりする素振りも見せません。「話は聞くけれど、深入りせず、その場では何も決めない」という態度を貫いていたのです。そして最後に、さらっとこう言いました。「辞めるのは、いつでもできるから」
検討に検討を重ねてOK
年月が経ち、自分が上司の立場となり、部下に同じ言葉をかけるようになりました。“心理的な視野狭窄が起きている状態” では、深い話し合いをしても、建設的な議論にならないことが多いので、難しい問題はひとまず先送りします。
政治の世界では「検討に検討を重ねて、結論を出さずに時間稼ぎをする」と批判されます。ですが、メンタルヘルス不調のときの決断は、「持ち帰って検討します」のスタンスが大正解です。
理由2:闘病中に企業に所属している恩恵は大きい
2つめの理由は「闘病中に企業に所属している恩恵は大きい」からです。
知っておきたい「傷病手当金」
傷病手当金を受給した経験はおありでしょうか。筆者はあるのですが、自身が当事者となるまで、よく知らない制度でした。当事者となってみると、「傷病手当金のおかげで生き延びられた」といっても過言ではありません。傷病手当金とは、休職したときに支給されるお金です。
傷病手当金で受け取れる金額の目安は、月給の3分の2です。正確な計算式は、以下のとおりとなっています。
たとえば、月給30万円なら、休職中に月額20万円(概算)の給付を受けられる計算となります。闘病中に収入源がゼロになるのと、働いていたときの3分の2の金額を受け取れるのでは、経済的・精神的な安定感が大きく異なります。参考までに、メンタルヘルス関連の病気で傷病手当金を受給する人は、全体の3割を超えています。
この割合は年々増えています。傷病手当金を受給しながら、メンタルヘルスの治療に向き合っている人たちが、増えていることがわかります。
メンタルヘルス不調で休職する場合(またはその可能性がある場合)、多くの人が利用している、傷病手当金の知識を持っておくことが大切です。
理由3:辞める前に“苦しんでいること”を打ち明けると景色が変わる
最後に3つめの理由として、「辞める前に“苦しんでいること”を打ち明けると景色が変わる」からです。
辞めたあとの気持ちは辞めてみないとわからない
そもそもの話として、「会社は、辞めてみないことには、辞めたあとに襲ってくる“自分の本当の気持ち”はわからない」ということを、お伝えしたいと思います。筆者も会社を辞めたことがあります。現在は企業には所属せずに働いています。辞めたいと願うときには、「辞めたほうが今よりも“よい”(あるいは“まし”)」と想像するものですが、実際にどちらに転ぶか、やってみないとわかりません。
肩書きや会社の看板がなくなること、周囲の態度の変化、固定給のない生活……など、対峙してみて初めて沸いてくる感情があります。退職とはリスクを背負ってのチャレンジといえますが、心身の体力のない時期には、リスクを最小限にして、耐え忍ぶほうが得策です。
辞める前にできることはある
リスクを最小限にしながらも、できることはあります。苦しんでいることを、会社に対し、率直に打ち明けて相談するのです。通常時なら、いろいろな気がかりによって打ち明けられなかったことも、「辞めるくらいなら、その前に一度、本音で相談してみよう」と勇気を出せば、踏み出しやすくなります。
辞めるのも、辞めないのも、打ち明けたあとに見える景色を確認してから、決めましょう。今の会社で、ストレスなく元気に働き続けられる道が、見えるかもしれません。
さいごに
本記事では、メンタルヘルス不調のときに会社を辞めるべきではない理由をテーマに、お伝えしました。近年では、起業・副業ブームや、円安からの海外出稼ぎの話題が多く、企業の社員として働き続けることのデメリットがフィーチャーされがちです。
しかし実際には、何事も「よいところもあれば、悪いところもある」というのが真実ではないでしょうか。とくにメンタルヘルス不調に陥っているときには、視野が狭くなっている可能性を踏まえて、まずは決断しない(=そのまま会社に残る)選択をおすすめしたいと思います。