「部下がうつ病かもしれない」上司がとるべき対応は?仕事への配慮はどうする?

現在の仕事や就業に関してストレスを感じる事柄がある労働者の割合は6割を超えています。心の健康問題を抱える労働者への対応は、会社や経営にも関わる重大な問題であり、企業においてもその対策や対応策を用意しておくことは責務とも言えます。

メンタルヘルス上の理由により休業・退職した労働者の有無
引用)厚生労働省 中央労働災害防止協会〜メンタルヘルス対策における職場復帰支援〜改訂 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き>はじめに

そのため今回は、年々増え続ける心の病について、厚生労働省のデータを元に予防から復職・復帰に至るまでの適切な対策をご説明します。あわせて、部下がそのように診断された時の上司の対応、仕事の割り振り方などについて解説していきます。筆者が実際に体験したメンタルケアの失敗例もご紹介しますので参考になさってください。

メンタルヘルスの問題が会社にもたらす影響は大きい

厚生労働省の調査によると、精神疾患を有する人の数は2002年では258万4千人だったのに対し、2017年には419万人3千人まで増加しています。心に問題を抱える人の数は年々増加しており、政府もメンタルヘルスについて対策を講じています。

精神疾患を有する総患者数の推移
*2 引用)厚生労働省>患者調査>精神疾患を有する総患者数の推移

厚生労働省が実施した労働安全衛生調査によると、過去1年間にメンタルヘルスの不調により連続1ヶ月以上休業した労働者、または退職した労働者がいた事業所の割合は9.2%でした。このうち、退職した労働者がいた事業所の割合は3.7%となっています。

これらの事実からもメンタルヘルスの問題を抱えている人は多く、放置しておくと休職者や退職者の増加にもつながり会社の経営にも関わる事態となります。

ワーク・エンゲイジメントを高めるだけでは不十分

ワークエンゲイジメントとは、労働者の心の健康を現す概念の一つです。すなわち、「仕事に誇りややりがいを感じている」「仕事に熱心に取り組んでいる」「仕事から活力を得て活き活きしている」という熱意・没頭・活力の3つが揃った状態です。ワークエンゲイジメントが高い労働者は心身が健康で生き生きと仕事をします。

独立行政法人経済産業研究所が調査した「従業員のポジティブメンタルヘルスと生産性との関係」によると、従業員のワークエンゲイジメントの平均が高い売り場では、売上高が高くなる傾向が認められています。

逆に職場のワークエンゲイジメントのばらつきが大きいほど、売上高は低くなることが明らかになりました。
従業員のメンタルを整え、ワークエンゲイジメントを維持することは会社にとっても大きな利益をもたらすことがわかります。

ワークエンゲージメントと売上高の関係
引用)独立行政法人経済産業研究所>論文>従業員のポジティブメンタルヘルスと生産性との関係

現代社会では、ほとんどの仕事はチームで行われているため、メンバー全員の熱意を底上げすることが高い利益につながります。職場内に温度差がある場合、高い意欲の従業員と低い従業員との間に対立が起こりやすく、結果としてチームが機能せずに会社にとって不利益がもたらされると考えられます。

ワークエンゲージメントの平均が高いだけでは意味がありません。またやる気ある少数の社員がいるだけでも、会社の売上は最大化しないことをデータは示しています。全ての従業員をしっかりとケアすることが、会社の売上・利益を最大化する処方箋です。

職場のメンタルヘルス対策の実例と対応策

職場の管理監督者は、日頃より部下からの相談に対応するように努めなければなりません。部下からの相談を受けやすくするためには、相談しやすい雰囲気や環境を整えることも重要です。メンタルヘルス対策において、部下の変化に気づき、心の問題について早期発見・早期対応することを心がけて下さい。

では実際の職場では、どのような問題が起こるのでしょうか。筆者が経験したメンタルケアの失敗例をご紹介しながら、その対応策を一緒に考えていきましょう。

<メンタルケアの失敗例1>

仕事の対応や処理能力が高い従業員に、責任の重い業務や複雑な事案を任せてばかりいた。本人は温厚な性格であったため、快く全て引き受けていたが、ある日突然うつ病の診断書を提出して退職してしまった。結果として、前触れもなく引継ぎも不十分なまま優秀な人材を失ってしまった。

<メンタルケアの失敗例2>

キャリア志向の高い女性社員を中間管理職に置いていたが、顧客からのクレーム対応に疲弊していることに誰も気が付かなかった。彼女はプライドが高く、役職は管理職にこだわっていたが、出勤しても休憩室で泣いていることが多くなり、職場の雰囲気も士気も悪くなった。結果、彼女は精神科に入院し、半年間休職することになった。

 <メンタルケアの失敗例3>

パート従業員で、正社員に比べて能力や責任感の低い人がいた。正社員からはミスの多さや、責任感のなさについて不満が出ていたが、上司が注意せず放置していた。その後、我慢できなくなった正社員はストレスが原因で不眠症になり、転職してしまった。

このような慢性的に続くストレスが蓄積されることで、心の我慢が限界となり、ある日突然豹変してしまうことがあります。

失敗例1では、能力の高い社員に甘えて重責を負わせすぎたことが原因です。いくら快く仕事を引き受けてくれる優秀な人がいても、適切な仕事量を請け負ってもらうべきでした。

失敗例2では、プライド志向が高いという従業員の性格を把握したうえで、職場で泣くという異様な自体が起こった時点で早急に対応するべき事例です。 早期に対応できていれば被害は小さかったかもしれません。

失敗例3は、まさにワークエンゲイジメントのアンバランスが起こした事例です。他人の能力については納得できても、見て見ぬふりをする上司であれば、スタッフの心がその職場から離れてしまいます。

一時的な我慢は誰しも必要です。しかし、一つの大きな原因がなくても、小さなストレスが幾つも重なることでキラーストレスとなり、取り返しがつかない事態を招くこともあります。そのような結果を避けるためにも、部下の日常的な異変に気づける目が求められます。

いつもと違う部下の様子とは
引用)厚生労働省>職場における心の健康づくり>ラインによるケアとしての取組み内容>1. 管理監督者による部下への接し方

また、従業員が患う精神疾患は多岐にわたります。パーソナリティ障害など発見が困難な疾患がある人は対人関係でのトラブルが多く、取引先や同僚ともよい関係性を築くことができません。日頃から従業員の様子に気を配り、小さな変化も見逃さないことが大切です。

労働環境の見直しも重要

照明や温度、作業的なレイアウトも労働者のストレスになることがあります。また、仕事の要求度と仕事のコントロールのバランス、労いの有無や報酬の少なさもストレスフルになる要因になります。長時間勤務を避けること、仕事量や立場に応じた裁量権や報酬を見直すことも職場環境の改善につながります。

職場でできるサポートは?

本人や上司との話し合いのもと、職場でできるサポートを検討しましょう。自分で対応しかねる場合には、産業医や保健師などに相談するのも手段です。具体的なサポート内容としては

  • 短時間勤務
  • 軽作業や定型業務への移動
  • 残業、深夜勤務の免除
  • 交代勤務から日勤への転換
  • フレックスタイム制度の適応

などが考えられます。

すべての内容をすぐに実践することは難しいかも知れません。しかし従業員にとってストレスになっている環境は、本人にとって耐え難い苦痛になっている可能性があります。できることから速やかに対応し、従業員の離職を防止することが、会社にとっても利益になる施策でもあるといえるでしょう。

会社に求められるメンタルケアとは

事業者は、労働安全衛生法に基づき労働者の意見を聞きつつ、「心の健康づくり計画」を策定することが必要です。「心の健康づくり計画」に盛り込む事項は次のとおりです。

  1. 事業者がメンタルヘルスケアを積極的に推進する旨の表明に関すること
  2. 事業場における心の健康づくりの体制の整備に関すること
  3. 事業場における問題点の把握及びメンタルヘルスケアの実施に関すること
  4. メンタルヘルスケアを行うために必要な人材確保及び事業場外資源の活用に関すること
  5. 労働者の健康情報の保護に関すること
  6. 心の健康づくり計画の実施状況の評価及び計画の見直しに関すること
  7. その他労働者の心の健康づくりに必要な措置に関すること

引用)厚生労働省>職場における心の健康づくり p.6を参考に筆者作成

仕事や職業について、不安やストレスを抱える人は54.2%と多く、ストレスの内容も「仕事の量」が42.5%、「仕事の失敗、責任の発生等」が35.0%、「仕事の質」が30.9%となっています。このような状況において、自分のストレスや悩みを相談できる相手がいる人は90.8%と高く、相談相手は「家族・友人」78.5%に次いで「上司・同僚」73.8%と上司に相談することが多く見受けられます。

相談相手として、職場内の人間関係に期待している人が多いことが、データから読み取れます。部下から相談されたときは、時間を作って話を聞き、相談内容を正確に把握して問題解決につとめましょう。できれば個室で相談に乗るようにして、お酒の席での話は控えてください。

もし、自分だけで解決できない場合には、専門家に相談を進めることも大切です。外部の相談機関には、都道府県の精神保健福祉センターや労災病院における「心の電話相談」、全国の保健所における「こころの健康相談」などの相談窓口が設置されています。民間機関においては「いのちの電話」や日本産業カウンセラー協会による「働く人の悩みホットライン」などの無料相談があります。

休職していた労働者が職場復帰したときは、自然な態度で接してください。
まずは、時間短縮勤務や業務の軽減などの措置を取りながら、段階的に元に戻す期間が必要です。体調には波があるため、悪い時でも自分でコントロールできるようになるまで焦らずに回復に努めるように伝えます。管理監督者やスタッフ等の支援やフォローアップにより、復帰支援プランの評価や見直しを適宜行ってください。

職場環境において、仕事量や勤務時間だけでなく、人間関係も大きなストレス要因になります。体調不良時も含めて復帰まで、本人が劣等感や罪の意識を感じないような雰囲気づくりも大切です。

最後に、心の病は現代では5人に1人がかかるともいわれる誰にでも起こり得る問題です。仕事においては、なかなか打ち明けられずに一人で悩むことも多い疾患ですが、周囲の理解とサポートがあれば、治療と仕事を並行して継続することもできます。生きづらさや離職を減らすためにも、メンタルケアとフォローアップは会社の責務といえます。

相田 彩

執筆者相田 彩
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薬剤師。2003年 昭和薬科大学薬学部薬学科卒業。リハビリテーション病院、精神科病院勤務後、調剤薬局にて従事している。

20以上の業歴による経験を活かし現場に寄り添い、

最適な産業医をご紹介・サポートいたします

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