職場のハラスメントが広く知られるようになりました。少しずつではありますが、勇気を持って声をあげる人が増えています。
一方、本来の被害者とは毛色が異なる立場から、ハラスメントを暴力的なやり方で主張する人に、悩まされるケースも出てきました。ハラスメントを主張するほうが、ハラスメントに陥っている——。そんなパラドックスを回避して、真に健全な職場を作るためにはどうすればよいのか、考えていきたいと思います。
目次
「パワハラですよ」というパワーワード
ある企業で働いていたときのことです。部下たちの結託によって、最終的には辞職に追い込まれたマネジャーを、間近に見ていたことがあります。思い出しても、後味の悪い経験でした。
きっかけは会議で部下を叱責したこと
ことの始まりは、マネジャーが会議で、部下のひとりを叱責したことでした。会議中に発覚した部下のミスは、たいへん深刻なものであったと同時に、事前にマネジャーに報告されて然るべきものだったのです。とっさに皆の前でとがめてしまった点を除けば、叱責自体は納得できるものでした。しかしながら、部下は反抗的な表情を見せ、涙を浮かべていました。
「パワハラですよ」
社内の空気が変わったのは、その日からです。部下はマネジャーに、「みんなの前で叱るのは、パワハラですよ」と強い調子で訴えました。マネジャーは、その点については謝罪しました。しかし、部下のミス自体は看過できる内容ではなかったため、業務上必要な指導を行いました。これに対して、部下は「執拗に叱責された。パワハラだ」と、さらに反発。社内に吹聴して、自分に同調してくれる仲間を増やしていきます。
「集団いじめ」の末メンタルヘルス不調を来して退職
部下とその仲間たちは、傍目に見てもわかるほど露骨に、マネジャーを避けるようになりました。業務を放棄することはありませんでしたが、仕事のうち「プラスαの、厚意や熱意によって行われる部分」は、行われなくなりました。たとえば、あうんの呼吸で行われる先回りのサポートや、遅れている業務の手伝い、相手のミスを避けるための気遣いなどです。マネジャーは、日に日に孤立していきました。部下に仕事を振りづらくなり、自分で抱え、残業の日々です。やがてメンタルヘルスに不調を来して、ひっそりと退職していきました。
ハラスメントをハラスメント的に排除するパラドックス
一連の出来事のなかで、筆者が感じたのは「ハラスメント」という言葉を、まるで印籠のように安易に使うことの危うさです。そのこと自体が、次のハラスメントを生み出しています。
職場のパワーハラスメントとは
前提を確認しておくと、厚生労働省のサイトによれば、職場のパワーハラスメントは以下のとおり定義されています。
職場のパワーハラスメントとは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。
―厚生労働省 あかるい職場応援団「ハラスメントの定義」
「部下からの集団による行為」もパワハラ
“優越的な関係”の解釈が難しいところですが、具体例として、「同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの」も、パワハラであると明示されています。
- ①「優越的な関係を背景とした」言動とは
業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が行為者とされる者(以下「行為者」という。)に対して抵抗や拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指します。
【例】 - 職務上の地位が上位の者による言動
- 同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
- 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
上記の定義に照らせば、「部下からの報復的な集団いじめ」もパワハラに該当します。
ハラスメントが連鎖する職場の不幸
筆者が経験した“ハラスメントが連鎖する職場”は、空気がギスギスとしていて、居心地の悪いものでした。
居心地の悪さは、実際に「離職率の高さ」となって表出しました。採用したばかりの人材の定着率が悪くなっただけでなく、会社の成長に貢献してきた功労者が相次いで、辞めていったのもこの時期です。メンタルヘルス不調を来したマネジャーも、大切な功労者のひとりでした。
ハラスメントの連鎖を避けるために
ハラスメントが連鎖しない職場を作るために、何ができるでしょうか。具体的なヒントを3つ、ご紹介します。
1. 不快に感じてもすべてがハラスメントにはならないと認識する
「相手がいじめだと思ったらいじめ」という考え方があります。しかしながら、職場のハラスメントにおいては、「受け手が不快に感じたからといって、かならずしもハラスメントにはならない」という認識を、社内で明確にしておきたいところです。以下は人事院作成のマニュアルからの引用です。
セクシュアル・ハラスメントの場合、性的な言動に対し、受け手が不快に感じるか否かによって判断することとしています。しかし、パワー・ハラスメントの場合には、受け手が不快かどうかで判断できるものではありません。業務上の命令や指導に対して受け手が不快と感じた場合でも、業務の適正な範囲で行われた場合にはパワー・ハラスメントに該当しません。
―人事院「パワー・ハラスメント防止ハンドブック」P2
人によって解釈の異なるグレーゾーンを減らすためには、従業員向けのハンドブック作成が役立ちます。ハラスメントとは何か、自社の業務に合わせて明確に定義することで、認識のズレを予防できます。
2. 業務上必要な指導を上司が過負荷なくできる組織づくり
ハラスメントの責任は、従業員の資質や努力だけでなく、経営陣の采配によるところも大きいと考えます。上司の立場となる従業員が、心理的な負荷を過剰に負うことなく、必要な指導を遂行できる組織編成になっているか、という視点です。先の引用は、以下のとおり続きます。
一方、業務上正しいことを命令し、指導する場合であっても、感情的、高圧的、攻撃的に行われた場合など、社会通念上許容される限度を超える場合には、パワー・ハラスメントに該当する可能性があります。
―人事院「パワー・ハラスメント防止ハンドブック」P2
ここで一歩立ち止まって考えたいのは、「業務上正しいことを命令し、指導する場合であっても、感情的、高圧的、攻撃的に行われた場合」という事象が生まれる原因です。上司の能力にフォーカスが行きがちですが、実務現場はもう少し複雑です。
部下の性格、相性、年齢差、スキルの差、バックグラウンドの違いなど、さまざまな脈絡があって、スムーズに指導できるか否かが変わってきます。「どんな部下に対しても、上司としてあるべき姿で指導ができる」というのは理想ですが、それほど完璧な上司には、ほとんど出会ったことがありません。
3. 相談窓口を機能させる
ハラスメントが発生したとき、同じやり方で報復するしか解決策がない職場は、ハラスメントの温床となります。
2022年4月からハラスメント防止措置が全企業に義務化され、相談窓口の設置が必要となりました。この相談窓口を形骸化せず、真に機能させることが大切です。ハラスメントに対する不満を、企業として吸い上げ、適切に解消する道となるからです。
この道が詰まっていると、ハラスメントが社内にばらまかれることになります。社内リソースで相談窓口の整備が難しい場合には、社外相談窓口サービスを利用する選択肢もあります。
さいごに
文中でご紹介したエピソードの退職したマネジャーは、しばし充電期間を経て仕事復帰し、今ではグローバル企業で活躍しています。
一方、部下だった人物は、やがて上司になったときに高圧的なふるまいが目立ち、チームの離職率の高さが問題となりました。
どんなハラスメントであれ、断ち切ってゼロにし、連鎖を防いでいかないと、会社に長く影を落とすことになりかねません。あらためて、ハラスメントをしない・させない職場づくりを、推進していただければと思います。