医療従事者と非医療従事者との間には、気づかないうちに言葉に対する認識の差が生まれていることがあります。
この記事では、「非医療従事者」と「医療従事者」の認識のちがいの実例を示し、これらの用語について医師の観点から解説したいと思います。
目次
医療従事者と非医療従事者の温度差の実例をご紹介
(1)「がんが治る最新の治療法」への過度な期待
がんは、今の日本では2人に1人が一生に一度は経験する病気といわれています。
一言にがんといっても、その進行度や悪性度などはさまざまです。
そのがんの治療法に対する期待の持ち方に対して、筆者が医療従事者、特に医師とそれ以外の方達での温度差を感じることがあります。
それは、完全に治すことが難しいがんに対して、非医療従事者の方では最初から代替療法(だいたいりょうほう)を選択するケースが散見されるという点です。
代替療法とは、手術や抗がん剤治療、放射線治療などの通常の医療の代わりに行われる医療のことです。
医療従事者、特に医師の場合は代替療法はあくまで補助的なものとして考えることが多いものです。
そのため、もし自分が根治が難しいがんの治療を受けるのであれば、まずは代替療法ではなく、通常の医療を受けたいと考えることが一般的だと思います。
一般的な治療法を全て行ったあとに代替療法を試してみるということはあるかと思いますが、最初から代替療法を選ぶことはまずないでしょう。
そうした点が、医療従事者と非医療従事者の考え方、つまり温度差になります。
実例を挙げてみます。
筆者は放射線治療医としてがん治療にも携わってきました。
過去に、口の中にできたがんを長期間放置していたために、病院に受診した際にはすでに手遅れ、といった状態になっていた患者さんを経験しました。
緩和的な照射をしてもらえないか、ということで、他の病院の紹介で、筆者の在籍していた医療機関を受診しました。
しかしながら、その患者さんと家族は「少しでも治る見込みが高い治療が良い」ということで、自由診療として行われる免疫治療などを受けることを希望されました。
結局は通常の緩和的な治療を受けることはありませんでした。
こうした、いわゆる一般的な治療でなく、まだ効果が実証されていない治療に流れていく、というのは、がんなど完全に治すことが難しい病気の患者さんではよくあることかもしれません。
一方で、保険診療を行っている医師が最善と思った治療法は、さまざまな方の治療経験が蓄積されたものです。
そのため、まずは普通の治療法を選んでいただいた方がよいのではないか、と複雑な気持ちになることは、医療従事者であれば一度は経験したことがあると思います。
(2)ダイエット目的での糖尿病薬の使用
糖尿病のお薬である、GLP-1受容体作動薬というお薬があります。
元々は、血糖値を下げるなどの目的で、国内では2型糖尿病治療薬として承認されているものです。
そして、このGLP-1受容体作動薬は、満腹感を強くしたり空腹感を抑えたりすることで、食事量を低下させ、体重を減少させる作用があると考えられています。
最近、痩身の目的で、この薬剤が美容クリニックなどで処方されています。
実際には、オンライン診療などで気軽に注文でき、お腹などに自分で注射をするという簡単なものなので、痩せたいという希望を叶えたい人にはとても良いのでしょう。
しかしながら、この治療については、安全性と有効性が十分に確立されている訳ではありません。
また、副作用が気になり、処方元のクリニックに連絡したものの医師による対応が無かったといったような問題もあります。
実際に、健康診断の場で、ダイエット目的でGLP-1受容体作動薬を使用している方を目にします。
大半の方は特に採血データに問題はないのですが、仮に副作用が現れ、迅速に対応が必要な場合に、医師による対応がすぐにできる体制が整っているのかと、医師としては少々怖い部分があります。
筆者の同僚である糖尿病内科の医師も、このGLP-1受容体作動薬の適応外使用は、本来の治療の目的とは離れているため、個人的には賛成できない、という意見でした。
何かの病気を治すために作られた薬は、効果と同時に何らかの副作用がでる可能性が少なからずあるものです。
大半の医師は、このことを日常の診療などから経験しています。
そのため、本来の目的とは異なる場合に薬を使う場合はよほどのことだという認識だと考えます。
(3)メディアで目新しい治療法が出た時の反応
テレビなどでは、毎日のように「〇〇にいい食べ物」「〇〇が治る治療法」というものが報道されています。
こうしたものに対しての医師などの医療従事者と、非医療従事者の反応にも差があるかと思います。
実際には、何かをすると何かが治る、などの因果関係を証明することはとても難しいのです。
新型コロナウイルス感染症が大流行していた際に、とある医師の方が、寄生虫に対するお薬が新型コロナウイルスに対しても効果を有する、とテレビで話されたようです。
筆者は当時、保健所でコロナウイルス感染症の対応をしていました。
その報道があったあとすぐに、地域の開業医の先生方から、「患者さんが薬の処方を希望しているのだが、本当に効果があるのか?」といったご相談が相次ぎました。
メディアの影響力に驚きながら、対応していきました。
医師は、何らかの新しい治療法が見つかると、その根拠となる情報ソースや海外の大学・研究機関が発表した研究データ、論文まで調べる事が多くあります。一方で、非医療従事者の方は、そうした情報の検索はできても、正しい情報ソースにまではたどりつけなかったり、専門家向けに外国語で書かれた論文などの内容までは読まないといった場合も多いのではないかと考えられます。
そうした違いが、新しいものに飛びつくスピードの差になっているのではないかと思います。
勘違いしがちな医療用語を解説
さて、ここまでは医療従事者(主に医師)とそれ以外の方の温度差についての実例をあげてきました。
これから、勘違いしがちな医療用語を解説していきます。
(1)先進医療
民間の健康保険に加入する際などに耳にしたことがあるかもしれません。
この言葉からは、「最新の治療」、「ある病気に対して効果が一番期待できる治療」というイメージを持つ方もいらっしゃるでしょう。
しかしながら、先進医療とは、「最先端の医療」ではなく、「厚生労働大臣が定めた高度の医療技術を用いたものであり、保険給付の対象にするか検討中のもの」という意味です。
もちろん、新しい治療法であることは間違いありません。
効果は示されているものの、現在でも治療効果などを検討している段階の治療、という意味合いの治療であることは知っておくと良いでしょう。
(2)標準治療
標準治療という言葉をご存知でしょうか。
こちらは、先ほどの先進医療とは逆の意味のように捉えられがちかもしれません。
こちらの標準治療は、科学的な根拠に基づいている、現時点では最も効果的な治療という意味です。
「標準」というと、一般的、つまり松竹梅の梅や竹を連想してしまう方もいるかもしれません。
しかしながら、この標準は、「多くの知見から、効果があると認められている、スタンダードなものとすべき」といった意味の方が当てはまるかと思います。
(3)リスク
最後に、「リスク」についても、一般的に使われている意味合いとは異なります。
リスクとは、何かをする際の危険性や損害の可能性、もしくはその程度という意味で用いられることが多いかと思います。
また、金融の世界では、不確実性のことを言います。
かたや、特に医学系研究では、「確率」のことを指す用語として使われます。
そのため、例えば、何らかの治験に参加する際の説明で「リスク」という言葉が出た際には、何かが起こる確率、ということになります。
まとめ
今回の記事では、筆者や筆者の周囲の医師が経験したことのある、医療従事者と非医療従事者の違いについて解説しました。
また、筆者は放射線科医なのですが、その仕事についても誤解している人が多いようです。
実際に、「放射線科のお医者さんですか、レントゲンやCTを撮影する仕事ですか?」といったことを何度も言われたことがあります。
それは、放射線技師の方たちのお仕事であり、放射線科医は、撮影された画像を読影したり、放射線を使ってがんなどの治療を行うというのが仕事です。
筆者としては、非医療従事者の方の考え方も理解できるよう、柔軟に対応することを、心がけています。
非医療従事者の方は、健康関係の情報がメディアで報道されても、まずは冷静に考え、できれば調べるようにすると良いと思います。