自分の部下が、家族の闘病や介護と向き合うことになったとき、どのように対応していけばよいのでしょうか。
上司の立場にある方にとって、実際に対峙したときには、悩むポイントといえます。
筆者は、自身が介護しながら勤務した経験や、逆に、部下が家族の過酷な闘病に向き合うこととなり、支えとなろうとした経験があります。
この記事では、双方の立場からの実体験、そのときに感じた思い(こうしてほしかった、こうしたらよかったなど)をシェアしながら、この難しい課題について、考えていきたいと思います。
目次
介護や看護のために離職する人が増えている
体験談をお話しする前に、社会的な課題としての背景について、確認しておきます。
2007年からの10年で介護離職がおよそ2倍に
2019年の大和総研による政策研究資料によれば、〈介護や看護のために離職する介護離職は2017年には約9万人と、 2010年代になっておよそ2倍に増えた (2007年比)〉と指摘されています。
人手不足が深刻化するなか、介護離職が増えるとなれば、企業にとっては大きな打撃となります。
経済的損失は年約6,500億円にのぼる
実際、経済産業省は〈介護離職の経済的損失は、年約6,500億円にのぼる〉との試算をまとめています。
- 介護離職の多くが40代以上
- 介護離職の約8割を女性が占める
……という点も、ポイントです。
この10年、「従業員の子育てと仕事の両立」という課題に対して、さまざまな取り組みをしてきた企業は、多いのではないでしょうか。
次は、「介護と仕事の両立を、どのようにしていくか?」が、大きな山となることが予測されます。
体験談1:家族の闘病と仕事の両立
筆者自身、家族の闘病のサポートと仕事の両立に、深刻に悩んでいた時期がありました。
もともとケアラーだったところにもう1人の家族が…
もともと、家族の1人が病気を抱えており、筆者自身はいわゆる “ケアラー” として、家族をサポートする役割を担っていました。
病状には波があり、ときおり仕事を調整しつつも、なんとかベースは成り立っていました。
そこへ、もう1人の家族の大病が発覚し、ここからはかなり厳しい状況に陥りました。
手術と入院が必要だったので、この時期には仕事を在宅勤務に切り替えさせてもらい、家族をサポートすることになりました。
急を要する事態のなか、会社側はイレギュラーな特別対応をしてくれました。大変ありがたいことでした。
退院してからが大変だった
一方、マネジメント側の視点で振り返ると、「緊急時対応は(比較的)乗り越えやすいが、長期化したときに、先が見えない状況をどう対応するか」が大きな課題だと思いました。
たとえば、退院すると、「退院おめでとうございます!」「本当に、よかったね」と、多くの方がお祝いしてくれます。
しかしながら、家族の闘病を支えたことがある方なら、
「退院してからが、本当の闘いだった──」
そんな思いに、共感される方も、多いのではないでしょうか。
筆者も、まさにそのとおりでした。支える側からすると、退院とは、“誰にも任せられない、24時間のケア生活” の始まりです。
入院中は、心は張り裂けそうに痛くても、いったん病院から出れば、その現実から幾ばくかの “距離” ができます。じつは、その距離に助けられていたことに、あとで気づきました。
“距離がゼロ” になったとき、そしてその期間が長く続いたとき、「いちばん、つらいのは、闘病中の本人なんだから」と心底わかっていましたが、支える側の筆者の心も、限界を突破しようとしていました。
緊急対応として、特別な処置をしてくれた会社から見ても、
「この状態がいつまで……?」
と、現実的な思案が生じ始める時期でしょう。
上司に言われて嫌だったこと
そんなとき、当時の上司に言われて嫌だったのは、「ほかのきょうだいは?協力してくれないの?」という言葉でした。
上司としては、筆者に負荷がかかることを心配して、個人的なアドバイスとして言ってくれたのでしょう。
しかし、当時の筆者は、「私のパフォーマンスが落ちることに対して、上司は『何とかならないの?』と思っている」と受け取りました。
と同時に、自分の家族を悪く言われた気がして、気持ちが沈みました。
誰しも、家族内にはさまざまな事情があります。ほかのきょうだいの事情から、負荷は自分がかぶりたいと思うこともあるでしょう。
筆者がこのときに学んだことは、「上司という立場から、プライベートに踏み込むことは、一切やめよう」ということです。
上司と部下は、どれだけわかり合えている気がしても、利害関係や上下関係があります。その関係性で踏み込むには、家族関係をはじめとするプライベートなトピックは、あまりにもセンシティブです。
「部下がどのような感情になるか、わからない」ことを、いつでも謙虚にわかっていようと思いました。
体験談2:部下のサポート
それから、さまざまな深刻な状況や家族との別れを経験しましたが、強く思うのは、これは “誰にでも起こり得ること” で、特別ではない、ということです。
実際、それから少し経ち、今度は上司の立場で、複数の部下の類似した状況に向き合うこととなりました。
緊急時と長期化対応の違い
部下への心の寄り添い──、といったメンタル面とは別軸のお話からすると、マネジメント視点で注意していたのは、「緊急時の対応と、長期化したときの対応を、明確に区別して念頭に置く」ことです。
四の五の言っていられない緊急時は、とにかく部下の人生を最優先に、部下が後悔しない行動を取れるよう、最大限にできることをします。
ときには、自分の裁量でイレギュラーな対応を許可し、上層部には事後報告で許可を取ることもあります。
一方、看護や介護が難しいのは、その性質によって、年単位で長期化していくことです。
緊急時のイレギュラー対応を、何年も継続できるかといえば、それは経営判断として難しいことになります。
長期にわたる対応はルールに乗せる
長期にわたる対応については、会社としての規定の整備や、育児・介護休業法に基づく介護休業制度の適用など、「ルールに乗せて運用する」ことが、双方にとってメリットが大きいといえます。
【参考:介護休業制度とは?】
従業員の立場から見ても、「会社から特別待遇をしてもらう」という負い目を感じることなく、ルールで定められた権利を行使できます。
腫れ物扱いはしない
メンタル面の接し方としては、シリアスな状況にある部下についても、“過剰に気を遣いすぎない” ことを意識していました。仕事は仕事として、ある程度、普段どおりに接する、ということです。
その理由は、大変な状況にあるときほど、“普通でいられる時間” があったほうが、心が落ち着くこともあるからです。
腫れ物に触るようにして、仕事を減らしてあげることが、かならずしもベストとは限りません。
人や状況にもよるかと思いますが、筆者自身、また部下から聞いた話では、「逆に、仕事で忙しくしているほうが、気が紛れる」ということが、ままありました。
嫌な顔は一切しない
一方で、上司としては、自身の「表情の管理」に注意をはらっていました。
どれだけ適切と思われる対応をしても、ノンバーバルコミュニケーション(非言語の表情や声のトーンなど)で不信感を持たれてしまうと、それは離職の決定打になり得ます。
深刻な看護や介護を抱えている従業員は、上司からすると “ちょっとした” と感じるような仕草や態度に、いつも以上に敏感なことがあります。
筆者も、経験があります。コップの水があふれそうになっているとき、いつもなら何でもないことが、とどめを刺すことがあるのです。
上司の立場では、たとえ、仕事上の段取りや顧客との約束に影響が出ようが、当人の前では一切、表情や態度に出さないと、強く決めます。それらは、のちに然るべき相手(上層部や他チームなど)に相談すれば、よいことです。
そう明確に決めておくだけでも、無意識に部下の心を傷つけたり、思ってもない誤解を生んだりするリスクを軽減できます。
さいごに
さいごに、筆者が大切だと感じるのは、
「介護・看護、産休・育休、育児・子の看護、自身の病気──、すべてに “おたがいさま” が冠する」
という考え方です。
「周囲に迷惑をかけてしまうのが、つらい」 「他の人のシワ寄せが自分に来て、つらい」
どちらもつらいですが、私たちは常に、支える側にも支えられる側にもなり得ます。
だからこそ、「おたがいさま」と言えたなら、より働きやすい環境に近づけるのではないでしょうか。
いま一度、当事者意識を持って、この問題を考えていきたいと思います。