産業医の職務の一つに、健康相談があります。健康相談は従業員が産業医に健康に関することなどを気軽に相談できる場であり、健康相談の実施は従業員の健康を維持し、快適な職場環境を整備する上でも重要です。しかし産業医による健康相談の実施率が低い企業や、具体的にどのようなメリットがあるのかわからない人事労務担当者も多いのではないでしょうか。
本記事では、産業医による健康相談を活用するために、健康相談を実施するメリットや産業医に相談できる内容、実施する際の注意点などを紹介します。
目次
産業医とは
産業医とは従業員の健康管理を担い、従業員が安全で健康的に就労できるよう事業者に助言や指導を行う医師です。産業保健の専門家としての立場から、従業員への面談指導、健康相談、健康診断の結果に基づく措置への助言、また業務と療養の両立支援などを行います。
労働安全衛生法では、事業者は常時50人以上の従業員が従事する事業場ごとに産業医を選任し、産業医に従業員の健康管理を行わせなければならないと定めています。選任された産業医は、必要に応じて従業員の健康管理に必要な勧告を行い、事業者はその勧告を尊重しなくてはなりません。
健康相談の実施に関する法令
健康相談の実施に関する法令は労働安全衛生法に定められており、第69条では次のように記されています。
“事業者は、労働者に対する健康教育及び健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるように努めなければならない。
2 労働者は、前項の事業者が講ずる措置を利用して、その健康の保持増進に努めるものとする。”
また労働安全衛生法第13条の3では、産業医による健康相談の実施体制を整えることが事業者の努力義務として定められています。
“事業者は、産業医又は前条第一項に規定する者による労働者の健康管理等の適切な実施を図るため、産業医又は同項に規定する者が労働者からの健康相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講ずるように努めなければならない。”
健康相談の実施目的は「従業員の健康を維持する」こと
産業医による健康相談は、従業員の心身の健康を維持する目的で実施されます。専門知識を持った医師から適切な指導やアドバイスを受けることにより、健康的な働き方や生活の維持、心身の回復などを目指すものです。
具体的に健康面の問題がある場合だけでなく、健康診断の結果や人間ドックなどの予防治療の方法について疑問がある場合や、健康について不安がある場合にも、健康相談を活用できます。
健康相談は従業員の申し出を受けて実施する
健康相談は従業員から相談を希望する旨の申し出があった場合に実施します。健康診断やストレスチェックの実施結果にかかわらず、従業員が健康に関する不安や疑問を抱え、産業医に相談したいことがあるときなどに、従業員の申し出を受けて行うものです。
健康相談以外にも、産業医が行う面談にはさまざまな種類があります。長時間労働者や高ストレス状態にある従業員への面接指導、健康診断後の保健指導といった面談は法令に実施に関しての定め、例えば長時間労働面談であれば月の残業時間数、があります。健康相談にはそういった実施要件はなく、従業員の希望するタイミングで、産業医と日程を調整して行います。
健康相談のメリット
健康相談の実施には次のようなメリットがあり、従業員だけでなく事業者側にもメリットをもたらす場合があります。
- 従業員の健康障害を未然に防ぐ
- 働きやすい職場環境づくりにつながる
- 治療と仕事の両立支援につながる
それぞれについて詳しく解説します。
従業員の健康障害を未然に防ぐ
健康相談により従業員の健康をサポートすると、従業員の健康障害の未然防止、健康の維持・増進につながります。
健康相談では産業保健の専門家である産業医から就労や生活に関するアドバイスがもらえるため、従業員が自ら働き方や生活習慣を見直し、改善点を考えるきっかけにもなります。働き方や生活習慣が改善して心身の負担が軽減されれば、体調不良による欠席や早退、傷病による休職などの防止にもつながるでしょう。
働きやすい職場環境づくりにつながる
産業医による健康相談の実施は働きやすい職場環境づくりにもつながるでしょう。
健康相談の実施件数が増えると、産業医に寄せられる職場への不満や要望も積み重なります。産業医はそれを従業員が抱きやすい意見として、事業者側に伝えるケースがあります。従業員が健康相談で話した内容は本人の同意なしに事業者に伝えられることはありませんが、産業医は従業員の健康維持のために必要な措置を事業者に提言できるためです。
事業者は健康相談を実施するだけでなく、健康相談で得られた従業員の意見や産業医の提案を、職場環境の改善につなげることが大切です。働きやすい環境が整備されれば、従業員の定着率やエンゲージメントの向上なども期待できるでしょう。
治療と仕事の両立支援につながる
病気を抱えながら仕事をする従業員に健康相談を利用してもらい、産業医からアドバイスをもらうことで、治療と仕事の両立支援につなげることも可能です。
労働力人口の高齢化が進む中、治療と仕事の両立支援は事業者にとっても重要な課題です。両立を支援する制度内容や企業風土の醸成について、事業者が積極的に産業医と相談し、制度の導入を進めれば、従業員の帰属意識やモチベーションの向上、さらには人材採用の面でも好影響が期待できるでしょう。
産業医への健康相談の内容は多岐にわたる
産業医には、健康に関するさまざまな内容について相談することができます。代表的な相談内容には次のようなものが挙げられます。従業員にも周知すると健康相談を受けやすくなるでしょう。
- 健康診断の結果について不安な点や気になる項目に関すること
- メンタルヘルス不調の改善、予防の方法について
- 治療と仕事の両立に関すること
- 睡眠や食事、飲酒や喫煙など生活習慣に関すること
- 業務内容や勤務時間、負担やストレスなど業務上の悩みについて
健康相談を実施する際に留意すること
健康相談を実施する際に留意することには、産業医は診察や治療を行えないこと、産業医には守秘義務と報告義務があること、健康相談実施後の措置は柔軟に対応することの3つが特に挙げられます。これらの点について次より詳しく解説します。従業員が健康相談の趣旨を理解し、安心して臨めるよう、あらかじめ共有しておきましょう。
産業医は診察や診断、治療を行えない
産業医は診察や診断、治療を行えません。産業医の職務に医療行為は含まれていないからです。健康相談においても医療行為は行わず、面談の結果、従業員に通院や治療の必要性が認められ、かつかかりつけ医がいないときには、適切な医療機関を紹介する場合があります。
大企業などの中には企業内診療所を設置している企業もあり、その診療所内において産業医が医師として診察などを行う場合もあります。しかしこうしたケースは少なく、産業医は原則、事業場内において医療行為は行いません。
産業医には守秘義務と報告義務がある
産業医は労働安全衛生法第105条により、健康相談などで知り得た従業員の秘密を漏らしてはいけないという「守秘義務」を負っています。違反した場合には罰則も定められている重い義務です。
一方で、健康相談の中で従業員に健康上の問題があると判断された場合は、事業者にこの旨を伝える「報告義務」が発生します。これは事業者が安全な労働環境を提供する「安全配慮義務」を履行するためのものであり、緊急性が高い場合には守秘義務よりも報告義務が優先されます。
ただし基本的には守秘義務が優先されます。従業員本人の許可なく健康相談で話した内容が事業者に伝わることはないため、安心して健康相談を活用するよう従業員に伝えましょう。
健康相談後の措置は柔軟に対応する
産業医により健康相談実施後の措置を求められた場合は柔軟に対応しましょう。
健康相談の内容・結果によっては、産業医から従業員の健康を守るために、職場環境改善などの措置が必要であると提案されるケースがあります。また健康相談における相談内容は、生活習慣や業務への取り組み方、病気の予防についてなど、従業員によってさまざまです。そのため必要とされる措置や対応も従業員によって異なります。産業医の意見に耳を傾け、従業員の現状や事業場の状態に合わせた対応を取りましょう。
50人未満の事業場における健康相談は地域産業保健センターに相談する
産業医の選任義務がない従業員数50人未満の事業者は、地域産業保健センターを活用するといいでしょう。
地域産業保健センターでは、小規模事業場や労働者に対して健康相談窓口を原則無料で提供しています。相談には医師や保健師が対応し、一部のセンターでは休日や夜間でも利用が可能です。
参考)独立行政法人労働者健康安全機構 地域窓口(地域産業保健センター)
まとめ
産業医による健康相談は、事業者側にも多くのメリットがあります。従業員の健康を維持・増進できれば、体調不良による欠勤や休職を未然に防止できるだけでなく、職場に対する満足度が高まり、定着率の向上や採用における企業イメージアップなどが期待できます。
健康相談を始めとする従業員の健康管理を安心して任せられる産業医を見つけたい、産業医の変更を検討しているなど、産業医に関する課題を抱えている場合には、産業医紹介サービスを利用するのがおすすめです。信頼できる産業医と効率的にマッチングできるでしょう。まずは実績の豊富な紹介サービスを探してみるといいでしょう。