産業医と合わない場合の対処法について

産業医は従業員が健康かつ安全に働けるように、専門的な立場で助言指導を行う役割を担っています。しかし産業医を活用する中で、相性や業務遂行のスタンスが合わないと感じる企業(事業者)もあるようです。

従業員の健康管理や事業場の衛生管理をスムーズに進めるためには、事業者と産業医との関係性を良好に保つことが大切です。

そこで本記事では、産業医と合わないと感じた場合の対処法や改善策について提案します。

「産業医と合わない」と感じるのは自社のニーズに沿わないとき

産業医と合わないと感じるのは「自社が求める職務を行ってくれないとき」など、自社のニーズに沿わないときです。

こうしたケースの他に「事業者や従業員の意見をすべて受け入れてくれる」、あるいは「心身の不調を治してくれる」と産業医の職務を誤解した結果、ニーズに沿わないと感じる事例もみられます。

事業者や人事労務担当者が産業医の職務を正しく理解することが、産業医を有効活用する大きなポイントとなるでしょう。
次より産業医とは何かをまず知るために、産業医の立ち位置や職務内容についてご紹介します。

産業医は労働者の健康管理に関する職務を行う

産業医は職場巡視や面接指導など、労働者の健康管理や作業環境の維持管理に関する職務を行います。衛生委員会(安全衛生委員会)のメンバーとして、調査審議にも参加します。

職場巡視は、事業場の作業方法や衛生状態を月1回以上実地で確認する職務です。事業者には産業医の判断により、労働者の健康障害を防止するために必要な措置を講じる義務も課せられています。

面接指導では長時間労働者や高ストレス者から申し出があった場合に、健康状態に応じたアドバイスを行います。就業上の措置について、事業者に意見を述べる場面もみられます。健康診断やストレスチェック・健康相談の実施も、産業医の職務です。

産業医は中立の立場で職務を行う

産業医は産業医学の専門家として、独立かつ中立の立場で職務を行います。職務の遂行にあたっては事業者・労働者双方の利益を尊重しつつ、誠実な姿勢でバランスの取れた判断・提案を行うのが特徴です。従って産業医の意見が事業者・労働者の意見と異なる場面が想定される点に留意が必要です。

なお労働安全衛生法では産業医の職務に関する誠実義務が課せられている他、日本医師会認定産業医倫理綱領でも自律の尊重がうたわれています。

“産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識に基づいて、誠実にその職務を行わなければならない。”

※引用:e-Gov. 「労働安全衛生法第13条第3項」

“認定産業医は、労働者と事業者の価値観と自律を尊重し、それぞれが最善の判断ができるように支援する。”

※引用:日本医師会認定産業医倫理綱領. 「第4条(自律の尊重)」

事業者が産業医に苦情を訴えたいと思うケースと改善策

齟齬を感じる産業医

事業者が産業医を活用する中で、苦情を訴えたいと考える場面があるかもしれません。産業医の職務姿勢に不満がある場合は苦情を伝えて、改善を促すのが重要です。改善がみられない場合は、産業医の交代を検討する必要も出てくるでしょう。産業医への苦情事例と、事業者から提案できる改善策をご紹介します。

産業医が職務を行ってくれない

産業医が職務を行ってくれない場合、労働者の健康管理を十分に実施できず事業者としての安全配慮義務に反するため、苦情の理由になり得ます。ストレスチェックや面接指導を断られたり職場巡視が不十分だったりすると、職場の安全衛生環境が十分に保てず、事故発生リスクが高まるので要注意です。衛生委員会への不参加も、事業者としての労災防止の取り組みに影響を及ぼします。

産業医の職務内容を事前に確認して契約書に記載し、職務を依頼する前に双方で契約内容を確認することが、誤って苦情を訴えるのを防ぐポイントです。契約書に記載されていない業務でも、追加報酬を支払えば応じてもらえる場合があります。

また、訪問回数や契約時間が少ない嘱託産業医の場合は、限られた時間内で職場巡視や産業医面談を実施したり衛生委員会に参加したりするなど、多くの業務に当たらなければならない傾向があります。産業医が効率よく職務を行えるよう、業務内容や優先順位を打ち合わせておくとよいでしょう。

法令を遵守してくれない

産業医が法令で定められた職務を行ってくれない場合や、健康診断の結果に応じた事後措置、いわゆる「就業判定」に時間がかかり過ぎるといった場合も、法令違反のリスクが生じるので苦情の理由になり得ます。中立性を欠いた職務態度や、労働者の健康管理、就業上の措置について意見を述べない姿勢も問題視される傾向です。

法令を遵守しないと行政指導や刑罰の対象になるだけでなく、事業者の評判も悪化する恐れがあるため、産業医にも自社のコンプライアンスに関する考え方を伝えておく必要があります。その上で労働安全衛生法や付帯する法令を遵守して、産業医の職務を遂行してもらうよう依頼するようにします。利害が対立した場合でも、中立性を保って産業医学の知見に基づく意見を述べてほしい点も依頼しておくとよいでしょう。

一方的に意見を押し付けてくる

企業や事業場の実態を鑑みずに一方的に意見を押しつけてきたり、発生した問題を解決する際に考え方のすれ違いが多いと感じたりしたのをきっかけに、産業医への苦情に発展する事例もみられます。事業場での作業内容や労働者の業務に関する情報を提供しているにも関わらず、それが産業医の意見に反映されない場合にも、意見を押しつけられているという印象につながるでしょう。

事業者・労働者の状況が産業医の意見に反映されやすくするためには、十分に話し合う時間を設けるなど産業医とのコミュニケーションの質・量を充実させることが大切です。年度替わりなどのタイミングで、産業医の活用方針を改めて伝えてもよいでしょう。また、産業医への情報提供が不足すると、経験則に基づく意見が多くなるケースもみられるため留意しましょう。

従業員からの苦情が多い

従業員から産業医の対応に関する苦情が多い場合も、産業医への不信感につながりやすいでしょう。例えば、面接指導時にあまり話を聞いてくれなかったという訴えや、強い語気・上から目線で対応されたという訴えが複数の従業員から寄せられた場合は、産業医に事実確認をして、必要に応じて改善を促すと良いでしょう。

勿論、その際に産業医側からの意見もしっかりヒアリングする事も大切です。

一方、産業医の職務は多岐にわたり、執務時間にも限りがあります。産業医の対応次第で従業員の健康増進に関するモチベーションが左右される一面もあるため、言葉遣いなど従業員に接する際に配慮を希望する内容をあらかじめ産業医に伝えておくことが、従業員からの苦情を減らすポイントです。

苦情対応が遅いと従業員の不信感にもつながるので、迅速に対応するようにしましょう。
なお、産業医に苦情を申し立てた従業員に不利益な取り扱いを行わないよう注意が必要です。

産業医への苦情の事例と対応法

産業医に対する苦情が多い場合、産業医への伝え方や事後対応について検討する必要があります。苦情を申し立てた従業員の気持ちに寄り添いながらも、苦情の内容を客観的に捉え、必要に応じて産業医にフィードバックすることが大切です。従業員から寄せられる苦情の事例や対応法をご紹介します。

産業医に厳しいことを言われた

面接指導時に産業医に厳しいことを言われたと、従業員から苦情の申し立てを受ける場合があります。指導内容が妥当でも、言葉遣いや表情が厳しいと従業員が感じたために苦情として申告される事例がある点にも留意が必要です。

対応法を検討する際は、双方の話を聞いた上で「産業医の対応に起因するもの」か「従業員の感受性によるもの」かを切り分けていきます。他の従業員にも産業医への印象を確認したり、衛生委員会などでの発言状況を振り返ったりするなど、客観的かつ幅広い視点で調査を進めるのが大切です。調査の結果、産業医に問題があると判断した場合には改善に向けてフィードバックを行います。

産業医の判断に納得がいかない

大前提として、産業医はあくまで中立の立場で意見を述べ、最終的な判断は事業者が行う事になります。

その上で、産業医の意見が過度に従業員側に寄り添い過ぎている、あるいは面談時に部署異動のような人事に関わる事項を会社側になんの相談も無く、従業員に約束をしてしまうといったようなケースでは人事担当者が対応に苦慮する事もあります。

産業医の判断に疑問がある場合には、面談の状況や判断の背景について産業医に状況を確認した上で、対応法を検討します。併せて、組織としての見解を産業医に伝え、改善を促す事が必要です。

産業医との面談内容が上司に筒抜け

産業医面談で話した内容を上司が知っていたために面談対象者が困惑し、苦情に発展する事例もみられます。

面談内容には従業員の心身の健康状態に関する情報が含まれており、法令で要配慮個人情報として定められているため、事業者が情報提供を受ける際には、従業員本人の同意が必要です。しかし、労働者に重大な健康被害が生じる恐れがある場合には、安全配慮義務の観点から必要最小限の情報提供が許されるという考え方もあります。

情報提供に関する説明や同意を得るのを忘れたなど、産業医側に不手際があった場合には、改善するよう依頼します。一方、産業医の対応に問題がなかった場合は、面談内容の報告義務・守秘義務について従業員に説明して理解を得るようにします。

産業医の対応が改善しないときの対処法

産業医に苦情を申し入れ、再発防止策を話し合ったにもかかわらず対応が改善しないときの対処法を紹介します。事業場の健康管理に支障をきたさないよう、早期に対応しましょう。

斡旋元・紹介元に相談する

医師会や健診機関、産業医紹介サービスなどを通じて産業医を選任した場合は、斡旋元・紹介元に相談すれば解決のサポートを受けられる可能性があります。経営層や人事労務担当者などの人脈を通じて産業医を見つけた場合は、仲介者に相談します。産業医の人格を批判せず、現時点で発生している問題点を客観的に伝えるのが大切です。

産業医の変更を検討する

産業医と事業者の相性が合わない、あるいは事業場の健康管理に支障をきたす恐れがあると判断した場合には、産業医の変更を検討しましょう。産業医がいない期間が生じたり職場巡視できない月が生じたりすると法令違反となるため、後任の産業医が見つかった後で現任の産業医に解任を申し入れるのが無難です。産業医紹介サービスに相談すれば、事業者の課題やニーズに合った産業医の紹介を受けられます。

合わない産業医を選任しないためのポイント

あらかじめチェックしておきたいいくつかのポイント

事業者のニーズに合わない産業医を選任しないために、事業場の特徴や課題を明確にする、産業医の経歴や実績を確認するなど、あらかじめチェックしておきたいいくつかのポイントがあります。次より詳しく解説します。

事業場の特徴や課題を明確にする

産業医を探す前に、事業場の特徴や課題・ニーズを明確にしておくのが相性問題を回避するためには大切なポイントです。例えば「メンタルヘルス不全を防ぎたい」、あるいは「従業員の健康増進を通じて健康経営を実現したい」というように、経営層と事業場の管理監督者が主体となって課題を洗い出すようにします。

産業医の経歴や実績を確認する

事業場の作業内容や事業者のニーズにマッチした産業医を選任する前に、候補者の経歴や実績を十分に確認するようにします。事業者のニーズに沿った職務を産業医に行ってもらうには、産業医の得意分野や対応可能な分野を把握した上で候補者を選ぶのが大切です。産業医の実務分野は次の5分野に整理できます。

  • 総括管理
  • 健康管理
  • 作業管理
  • 作業環境管理
  • 安全衛生教育

コミュニケーション能力を重視する

産業医を最大限に活用するには、従業員をはじめとする関係者とのコミュニケーションを重視するのがポイントです。候補者と面談する際は、関係者から十分な情報を引き出す能力や相談内容を踏まえて柔軟に対応する能力、中立性を保って意見を述べる能力などを確認するようにします。会話が一方的でないか、高圧的でないかも確認しておきましょう。

業務内容をすり合わせる

事業者の認識と食い違いが生じないように、産業医と契約を結ぶ前に業務内容を十分にすり合わせることも重要です。産業医が本来業務に専念できるよう、産業医以外の対応が認められている業務を産業保健スタッフにタスクシフトすることについても事前に協議しておくとよいでしょう。

まとめ

産業医の職務態度に不満がある場合は事業場の安全衛生管理や従業員の健康管理に支障をきたさないよう、早い段階で苦情を申し入れて改善策を話し合うのが重要です。

職務に改善がみられない場合は事業者との相性が合わない可能性もあるため、産業医の交代を検討せざるを得ないでしょう。事業者との相性がよい産業医を選任するためには、マッチング実績が豊富な産業医紹介サービスを活用するのがおすすめです。

株式会社メディカルトラスト 編集部

執筆者株式会社メディカルトラスト 編集部
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2001年から産業医、産業保健に特化して事業を展開。官公庁、上場企業など1,000事業場を超える産業医選任実績があります。また、主に全国医師面談サービスの対象となる、50名未満の小規模事業場を含めると2,000事業場以上の産業保健業務を支援。産業医は勿論、保健師、看護師、社会保険労務士、衛生管理者など有資格者多数在籍。

20以上の業歴による経験を活かし現場に寄り添い、

最適な産業医をご紹介・サポートいたします

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