近年、「発達障害」に関する発信を目にする機会が増えました。
たとえば、自らの発達障害を公表する有名人や、これまでの生きづらさをネット上で告白する人たちが増加し、メディアによる報道も増えています。
法整備としても、2005年4月に「発達障害者支援法」が施行され、2016年6月には改正されました。
発達障害の当事者とともに、その周囲も、どう対応していくのがよいのか、悩みながら前に進もうとしている現状があるのではないでしょうか。
本記事では「職場」に焦点を当て、筆者自身が発達障害の部下と向き合った体験談も交えながら、この問題について考えていきたいと思います。
目次
発達障害とは何か:基本事項と職場でよくある誤解
まず、発達障害とは何か、基本事項と職場でよくある誤解を、確認しておきます。
発達障害=脳機能の発達が関係する障害
発達障害について、政府広報オンラインのWebサイトでは、以下のとおり解説されています。
発達障害は、広汎性発達障害(こうはんせいはったつしょうがい)、学習障害、注意欠陥多動性障害など、脳機能の発達に関係する障害です。発達障害のある人は、他人との関係づくりやコミュニケーションなどがとても苦手ですが、優れた能力が発揮されている場合もあり、周りから見てアンバランスな様子が理解されにくい障害です。発達障害の人たちが個々の能力を伸ばし、社会の中で自立していくためには、子供のうちからの「気づき」と「適切なサポート」、そして、発達障害に対する私たち一人一人の理解が必要です。
職場でよくある誤解
職場のメンタルヘルスの文脈で、うつ病などの精神疾患と発達障害が同じカテゴリーとして扱われることがあります。
ただ注意したいのは、職場でできる両者へのアプローチは、大きく異なる点です。
まず、うつ病は特別な人がかかる病気ではなく、誰でもかかる可能性があります。
一方、発達障害は生まれつき見られる脳の発達の違いによるものです。生まれながらの脳の働き方の違いに主因があるため、誰でもかかるものではありません。
うつ病などの精神疾患の場合、回復に向けてのサポートも対応の一環となりますが、発達障害の場合は、その個性を職場にどう適合させられるかが重要課題です。
なお、筆者は医療の専門家ではないため医療的な詳細解説はできませんが、以下に参考になるサイトをリンクします。必要に応じてご活用ください。
- 発達障害情報・支援センター(国立障害者リハビリテーションセンター)
- 精神・発達障害者 しごとサポーター養成講座(厚生労働省)
- 発達障害って、なんだろう?(政府広報オンライン)
筆者の経験談:部下からの告白「発達障害なんです」
ここからは、筆者の実体験の話に移ります。
ある企業でマネジャーとして働いていたとき、部下から発達障害を告白されたことがありました。
遅刻と忘れ物がひどすぎる超有能な部下
その部下の名前を、ここではAさんとしましょう。
Aさんが、発達障害のひとつ「注意欠陥多動性障害(ADHD)」であると、知ることになります。
知ってから振り返ると、「なるほど、発達障害が原因としてあったからなのか」とうなずける部分が多いものです。
しかしながら、当時はまだ社会的な認知が進んでいなかったこともあり、正直にいえば、筆者は非常に困惑していました。
連日の無断遅刻や、取引先が絡む重要な約束の忘却など、(筆者の)常識的な感覚では信じがたい行動が、繰り返されていたからです。
具体例を挙げると、出勤時刻を過ぎても出社せず、電話をかけてもつながらず、1〜2時間後に連絡がついて、午後から出勤──、といった出来事が続いていました。
上司という立場上、注意し、何度も話し合いました。そのたびに見せる心からの反省の様子は、とても嘘とは思えず、筆者はさらに混乱しました。
「絶対に直さないといけないと心底理解していて、その理解のもとに繰り返さないように最大限の努力をしているのに、繰り返してしまう」という苦しみや悔しさが伝わってくるのです。
加えて、Aさんは、遅刻や忘却の問題以外の部分は、非常に有能なスタッフでした。成果も挙げていました。
性格的には心優しく、上司やチームメンバーを助けようと、サポート的な行動を積極的に行ってくれるタイプです。
プツンと切れた「子供じゃないんだからさ!」
Aさんのアンバランスさに戸惑いながらも、その優しさや有能さに助けられることが多く、関係性が構築されていきました。
Aさんのミスをカバーしながらチームが回るやり方に、たどり着けそうな手応えを感じた矢先のことです。
Aさんは、会社の役員が関わっていたプロジェクトの重要な会議で、大遅刻をしてしまいます。
ほかの件ですでにイライラしていた役員は、Aさんに大きな雷を落としました。
「いつまで学生気分なんだよ。子供じゃないんだからさ!」
この言葉を聞いたときの、Aさんの表情が忘れられません。小さく震え、かすれた声で「申し訳ございません。」と言いました。
Aさんにとって、最も傷つく言葉のひとつだったでしょう。本人が一番わかっていて、どうしてもできないと苦しんでいたのですから。
努力はどこまで求めていい?現場のジレンマ
その後、Aさんから「発達障害である」と打ち明けられることになります。
ともに働く仲間としては、つらい状況にいるAさんをサポートしたいと、真剣な気持ちを抱きました。
一方、業務として上司の立場でリアルに悩んだのは、「改善の余地があるのか・ないのか、よくわからないこと」です。
本人は「でも、がんばります」と言い張るのです。
どこからどこまでが、本人の努力を求めていい部分なのか、Aさんの個性や尊厳を守りながらも、組織の一員としての義務を果たせるラインが曖昧です。
この答えは、今でも悩むところですが、現時点では、「はっきりとしたラインはなく、“曖昧である”と明確に理解していることが大事」だと考えています。
以下は厚生労働省の資料からの引用です。
○障害の予後についての誤解
「発達障害は能力が欠如しているから、ずっと発達しない」
「発達障害は一つの個性なので、配慮しないままでもそのうち何とかなる」
・発達障害は「先天的なハンディキャップなので、ずっと発達しない」のではなく、発達のしかたに生まれつき凸凹がある障害です。人間は、時代背景、その国の文化、社会状況、家庭環境、教育など、多様な外的要因に影響を受けながら、一生かけて発達していく生物であり、発達障害の人も同様であると考えていいでしょう。つまり、成長とともに改善されていく課題もあり、必ずしも不変的なハンディキャップとは言い切れないのです。もちろん個人差はありますが、「障害だから治らない」という先入観は、成長の可能性を狭めてしまいます。周囲が彼らの凸凹のある発達のしかたを理解しサポートすることにより、「ハンディキャップになるのを防ぐ可能性がある」という視点をもつことは重要です。
・一方で、発達障害は一つの個性だから配慮は必要がないと考えるのも行き過ぎです。現在では、成人になった発達障害者が、小さい頃から配慮が受けられず困難な環境の中で苦労して成長してきたことを教えてくれる本なども出版されてきています。
「不変的なハンディキャップとは言い切れないが、配慮は不要と考えるのも行き過ぎ」と書かれています。
そのうえ、発達障害の程度や内容は個人差が大きなものですから、それぞれの状況に合わせて柔軟に捉える必要があります。
組織としてできること
組織としては、どのような対応ができるでしょうか。
まず、経営陣や上司は、当人が「甘えているのではない」ことを、“上辺でなく本当に”理解することがスタートです。
以下は東京大学・バリアフリー支援室のサイト「発達障害・精神障害について、知っておいていただきたいこと」からの引用です。
【発達障害・精神障害のある人との接し方より】
精神障害は、「甘えている」とか「根性が足りない」とかの理由で発症するわけではありません。基本的には病気であり、好きこのんで精神症状を呈する方はいません。「甘えている」「根性が足りない」と思いながら、本人と接していると態度に出るものです。病気であってそのために困難を抱えているのだということを十分理解したうえで、普通に接すると程良い接し方になると思います。
上記の〈「甘えている」「根性が足りない」と思いながら、本人と接していると態度に出るものです〉という指摘について、本当にそのとおりだと思います。
会社組織のルール面では、特別待遇をするよりも、全体規則の変更で環境改善を試みるアプローチが効果的でした。
たとえば、筆者が在籍していた企業では、フレックスタイム制の導入が進んだことで、遅刻癖があっても、その問題を小さくできるようになりました。
特別待遇は、不公平感を生むリスクがありますが、全体の環境改善は、全員に平等のメリットを提供できます。
発達障害のスタッフにとって働きやすい職場は、育児や介護のあるスタッフや、メンタルヘルスの問題を抱えるスタッフにとっても、働きやすいものです。
さいごに
紆余曲折を経ながら、Aさんと良好な関係を築くことができ、数年にわたって一緒に仕事ができました。
しかしながら、筆者の異動でAさんの上司が変わった後、Aさんは退職することになります。新しい上司と、うまくいかなかったのです。
この問題について、「上司はもっと部下を理解すべきだ、勉強して適切に対応すべきだ」という声もあるかもしれません。
ただ、“上司役”のスタッフにすべてを背負わせるのは酷なことだと、筆者は考えます。とりわけ、上司といっても、権限や待遇にさほど差がない場合、負担感は大きなものでしょう。
全体の調和を考えると、経営陣が一人ひとりをよく観察し、相性やキャパシティを熟考のうえ、組織編成を行うことが大切なのではないでしょうか。
“全員の尊厳”に目を向けてこそ、発達障害のスタッフもそうでないスタッフも、最高のパフォーマンスを発揮できると考えます。