常時1,000人以上の労働者を使用する事業場や、法令で定められた有害業務に常時500人以上の労働者を従事させる事業場では、専属産業医の選任が義務付けられています。しかし、何らかの事情で専属産業医から辞めたいと申し出があった場合は、専属産業医の退職日までに後任者を見つけなければなりません。
この記事では、専属産業医から辞めたいと言われた場合の対応や産業医の解任・辞任・変更手続きの注意点について解説します。専属産業医の探し方や事業場内の産業保健体制の整備に関するポイントも紹介するので、労働者の健康・安全管理の体制を整備する際には参考にしてください。
目次
専属産業医とは
専属産業医とは一定の規模以上の事業場に常勤として選任され、労働者の健康管理や衛生教育・職場巡視などに携わる産業医です。原則として他の事業場の嘱託産業医と兼務できませんが、グループ企業など業務内容が似ている事業場であれば、専属産業医としての業務に支障がない範囲での兼務が認められています。
(参考:「専属産業医が他の事業場の非専属の産業医を兼務することについて」の一部改正について)
ただし、産業医は診療行為を行わないため、専属性・独立性を確保する観点から、企業内診療所がある場合はその保険医と兼務させるのを控えるのが無難です。
事業者は事業場の規模に応じて、次の人数の専属産業医を選任する必要があります。なお、産業医の業務負担を軽減するため、専属産業医の人数を増やしたり専属産業医とは別に嘱託産業医を配置したりすることも有効です。
常時使用する労働者数 | 専属産業医の最低人数 |
---|---|
有害業務の従事者が500人以上 | 1人以上 |
1,000人以上 | 1人以上 |
3,000人以上 | 2人以上 |
専属産業医が辞めたいと申し出るケースと対応
産業医の職務は労働者の健康管理はもちろん、ストレスチェックの実施や事業場の作業環境の維持管理など多岐にわたります。そのため、業務の負担が大きいと感じたり給与などの待遇面に不満を抱いたりしたのをきっかけに、辞任したいと考える産業医もいるようです。あるいは、育児・介護などの家庭の事情や産業医自身の体調不良といったやむを得ない理由で辞任を申し出る事例もみられます。
現在の専属産業医を引き留めたい場合は、産業医の考えや意見を十分に聞いた上で、今後のサポート体制や待遇改善について検討するようにします。建設的に話し合うには、事業者としてできること・できないことを明確にするのがポイントです。話し合いや検討の結果、専属産業医との折り合いが付かない場合や引き留めが難しい場合は、退任日を調整した上で他の専属産業医を探すことになります。
産業医の解任・辞任・変更手続きの注意点
産業医の辞任・解任手続きが遅れると、さまざまなトラブルにつながりかねません。スムーズに手続きを進められるように、産業医の解任・辞任・変更手続きの流れや注意点について解説します。
14日以内に新たな産業医を選任する
労働安全衛生規則では、産業医の選任すべき事由が発生した日から14日以内に産業医を選任することが定められています。しかし、専属産業医を選任している事業場ではすでに産業医の選任事由が発生している状態です。産業医から辞任の話が出た段階で新たな産業医探しを始める必要があります。
労働基準監督署へ産業医選任報告を提出する
産業医を交代した場合は後任の専属産業医の着任日から1カ月以内を目安に、「産業医選任報告」による報告書を所轄の労働基準監督署に提出します。郵送や電子申請での手続きも可能です。前任の専属産業医が辞任した日と後任の専属産業医が着任した日との間に空白期間が生じないよう、産業医契約書の契約期間についても確認しておくのがポイントです。
産業医の変更とその理由を衛生委員会に報告する
辞任・解任に伴い産業医を変更したら、労働安全衛生規則の規定に基づき、遅滞なく、衛生委員会(安全衛生委員会)で産業医を変更した理由と経緯を報告しなければなりません。変更後、初めて開催する衛生委員会で報告するのが一般的ですが、新しい産業医と事業場の健康・安全管理に関する考え方を早い段階で共有するために臨時の衛生委員会を開催するのも一つの方法です。
産業医の独立性・中立性を担保する観点から、報告にあたっては事業者として引き留めや勤務条件などの調整を図ったことを説明した上で、最終的には前任の産業医の判断で辞任に至ったことを説明します。辞任理由の説明内容については、プライバシーに配慮する観点から前任の産業医に確認しておくとよいでしょう。なお産業医の事情による辞任の場合は「一身上の理由」「契約期間の満了」と報告しても問題ありません。
専属産業医を探す際のポイント
現在の産業医から辞めたいと申し出を受けた場合は、産業医が不在の期間が生じないよう早めに産業医探しを始めましょう。専属産業医を探す際のポイントや産業医との契約形態について解説します。産業医の業務がスムーズに進められるよう、事業場として産業保健体制の整備・構築も進めていくことが重要です。
新しい産業医は早めに探す
専属産業医が辞任した後に空白期間が生じないよう、現在の専属産業医から辞めたいと申し出があった時点で産業医探しを始めるようにします。専属産業医は常勤であることから、嘱託産業医と比べて候補者が見つかりにくい点に留意が必要です。
なお専属産業医の辞任後も後任者が見つからない可能性がある場合は、後任者の選任に向けて全力を尽くしている旨を労働基準監督署に伝えておくとよいでしょう。併せて選任に向けた行動の経過も記録に残しておくようにします。
産業医を探す方法
産業医紹介サービスを利用したり人脈を駆使したりするなど、産業医を探す方法はさまざまです。専属産業医の探し方は主に次の方法が考えられます。
- 産業医紹介サービスを利用する
- 求人を出す
- 健康診断を依頼している医療機関や健診実施機関に相談する
- 医師会に相談する
- 知人の医師など医療関係者に相談する
産業医を探す際は、労働者の健康管理や作業環境の維持・改善で直面している課題を洗い出した上で事業場に適した産業医を選ぶことが大切です。例えばメンタルヘルス対策に取り組みたい、あるいは職場巡視を徹底したいなど、事業者・事業場として推進したいテーマを得意分野とする産業医を探すとマッチングしやすいといえます。
専属産業医との契約形態について
産業医が企業と契約する際は、雇用契約または業務委託契約という形で直接契約を締結するのが一般的です。産業医紹介サービスなどを活用する場合は、サービス提供企業が間に入って契約する形態(三者契約)もみられます。
雇用契約を結んだ場合は、従業員の一員として企業の産業医活動に携わります。経験・能力はもちろん、勤務日数や所定労働時間に応じて会社側から給与額が提示されます。常勤医師としての位置づけとなるため、近隣の医療機関の給与水準を考慮して給与額を決めるとよいでしょう。産業医としての独立性を確保する考え方から、業務委託契約を選択する企業もあります。
産業保健体制の整備と構築も並行して進める
専属産業医が選任される事業場は労働者数が多く、事業規模も大きいため産業医の業務量が多くなりがちです。面接指導の希望が多い場合など、産業医一人での業務に支障をきたす可能性もあります。産業医の負担を軽減しつつ労働者の健康管理を実効性あるものにするためには、保健師や看護師などの産業保健スタッフを配置するのがポイントです。
また産業保健スタッフが在籍していることを受任条件の一つとする産業医もみられます。大規模な事業場では、産業医や産業保健スタッフが労働者の健康管理に専念できるように、健康管理室など独立した部門を設ける企業も多いです。産業医の選任・交代を機に、産業保健体制を見直すのもよいでしょう。
まとめ
産業医が辞任を考える理由として業務負担や待遇、家庭事情などが想定されます。産業医を引き留めるために、企業として可能な範囲でサポート体制を検討するのも一つの方法です。
また専属産業医は嘱託産業医と比べて探すのが困難な傾向がみられます。専属産業医が不在の期間が生じないよう、辞めたいと言われた段階から後任の専属産業医探しを始めるのが重要です。産業医紹介サービスを利用すれば、産業医探しの負担が軽減されるのでぜひ検討してみてください。