長時間労働(過重労働)は脳・心臓疾患や精神障害、また過労死など労災の発生との因果関係があるとされています。過労による健康障害は労災が認定される可能性もあり、企業のイメージダウンにもつながりかねません。
長時間労働を低減させるために、事業者はどのような取り組みを行うべきでしょうか。長時間労働改善やリスク低減のための施策、また長時間労働者へ実施する産業医面談の活用法について解説します。
目次
長時間労働のリスク
長時間労働は従業員にも事業者にも大きなリスクをもたらします。長時間労働により発生し得るリスクについて解説します。
長時間労働による健康障害の発生
経済協力開発機構(OECD)が2021年に発表した世界の労働時間ランキングでは、日本の平均年間労働時間は1,607時間で27位でした。1位メキシコの労働時間は2,128時間であり、国際比較で日本の労働時間はそれほど長くありませんが、この統計の調査対象にはアルバイトやパートなどの短時間労働者も含まれています。
(出典:経済協力開発機構(OECD) 「労働時間 (Hours worked)」)
一方経団連が2020年に行った調査によると、フルタイム勤務の一般労働者の労働時間は2,000時間前後でほぼ横ばいのまま推移しています。
(出典:日本経済団体連合会 「2020年 労働時間等実態調査」 )
これらの統計からは、日本では短時間労働者の割合も多いこと、パートタイム労働者を除く一般労働者の労働時間は長い傾向があり、ここ数年で大きな変化はないことが分かります。この背景には人手不足や成果主義へのシフトなどが要因としてあるでしょう。
長時間労働により生じる最大のリスクは働く人の健康障害です。長時間労働と脳・心臓疾患、精神障害などには医学的見地から因果関係があるとされており、長時間労働は重大な病気を引き起こす可能性があります。
また長時間労働は心身へ大きな負荷をかけるとともに、睡眠時間や休養時間が短くなり、疲労を蓄積させます。健康障害が生じないよう、事業者は長時間労働に対する適切な対策を講じなければなりません。
労災発生による訴訟や企業イメージのダウン
長時間労働のリスクには、従業員の健康障害が発生してしまう事それ自体は勿論、事業者側としては、従業員からこれに伴う民事訴訟を起こされる可能性が生まれること、その対応に追われること、また企業イメージの低下につながることなども挙げられます。
厚生労働省より発表された「令和4年版 過労死等防止対策白書」によると、業務における過重な負荷により脳血管疾患または虚血性心疾患などを発症したとする労災請求件数は、令和3(2021)年度は753 件であったと記されています。近年はやや減少傾向にありますが、長時間労働による労災は、過労死が注目され始めた1980 年代後半以降、今なお大きな社会問題として認識されています。
(出典:厚生労働省. 「令和3年度 我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況」(令和4年版 過労死等防止対策白書)」)
万が一、職場で過労死が発生したなどということがあると、労災事故への対応や民事訴訟への対応などで会社は大きな負担を強いられます。賠償請求が認められれば、億単位の損害賠償金の支払いが発生する場合もあります。
あるいは労災事故をきっかけに労働基準監督署からの勧告など、指導が入ることがあれば、企業のイメージダウンにつながります。新入社員の採用活動などにも影響を与えることでしょう。特に悪質な法令違反の場合はいわゆる「ブラック企業」として公表され、会社の信用や評判が失墜することも想定されます。このような結果を生じる可能性がある長時間労働問題は、重要な経営課題の一つです。
長時間労働の基準
「長時間労働=XX時間」というように、法律で定められた基準があるわけではありません。労働の強度や作業内容はさまざまであり、一律に決めてしまうことが難しいためです。ただし上限とされる労働時間は定められています。上限の労働時間を超えると法令違反や労災認定、さらに民事訴訟を起こされた場合に事業者の責任が認められる可能性も高くなります。
労働時間の上限は労働基準法や働き方改革関連法などにより、次のようにいくつか定められています。
- 法定労働時間
1日8時間・週40時間以内 ※労働基準法第32条
- 36協定で定められる時間外労働
月45時間以内・年360時間以内 ※労働基準法第36条で定められる協定を締結・労働基準監督署⻑へ届け出た場合のみ
(出典:厚生労働省. 「時間外労働の上限規制わかりやすい解説」)
- 過労死ラインと呼ばれる厚生労働省が定める「脳・心臓疾患の認定基準」による労働時間
発症前1カ月間に100時間または2~6カ月間に平均で月80時間を超える時間外労働 ※業務と発症との関連性が高いとされ、労災の認定の目安となる時間
( 出典:厚生労働省. 「脳・心臓疾患の労災認定」)
長時間労働を防止するための取り組み
長時間労働を防止する取り組みの第一歩は、労働時間の正確な把握です。法令違反を防ぎ、どの従業員に長時間労働による過重な負担がかかっているか知るために、始業・終業時刻の確認や適正な記録を行うなどして、従業員の労働時間を正確に把握しましょう。
また、次のような取り組みを重ねて実施することによって徐々に長時間労働が低減し、全体として効果を生じるものと考えられます。
- 36協定およびその運用のチェックと見直し
- 年次有給休暇の取得促進
- 産業医や衛生管理者を選任する
- 長時間労働者への面接指導
- ストレスチェックの実施と高ストレス者への面接指導
- 健康診断の実施と異常所見があった者への保健指導
- 衛生委員会を設置し、長時間労働の防止に有効な施策の立案を行う など
長時間労働者への産業医面談(面接指導)実施制度とは
長時間労働者への面接指導の実施は、労働安全衛生法第66条の8、第66条の8の2および第66条の8の4で定められている制度です。長時間労働による疲労の蓄積が見られる労働者に対し、事業者は医師による面接指導の実施が義務付けられています。産業医選任義務のない50人未満の事業場でも実施の義務が課せられています。
面接指導は長時間労働とそれに起因する健康障害の発生リスクの低減を目的に行われます。専門家である産業医による従業員への適切な指導、事業者による適切な事後措置へとつなげることが目標です。
面接指導の実施の流れや対象者、活用のポイントについて次より解説していきます。
産業医面接指導(面談)の流れ
産業医による面接指導は、主に次のような流れで進めます。
- 労働時間の算出・過重労働時間を算定する
- 面接指導の対象者を選定する
- 産業医から対象者に面接指導の申し出を促す
- 申し出のあった従業員の勤務状況などを産業医に共有する
- 面接指導の実施
- 就業上の措置や作業環境の改善などを講じる
- 面接指導の結果報告書の作成・提出など
また面談の実施については記録を残しておくことが大切です。健康障害や労災事故が発生するなど万が一の際のリスクコントロールに役立ち、法令を遵守したことの証拠となります。
労働時間制度に係る面接指導の対象者と要件
長時間労働者への面接指導の実施には、法律上「努力義務」「義務(労働者からの申し出が必要)」「義務」と3段階の規定が設けられ、特にハイリスクと考えられる職種の労働者には面接指導を必ず行わなければならないとしています。対象者と要件を表にまとめると、次のとおりです。
80時間以上の時間外・休日労働など | 100時間以上の時間外・休日労働 | |
---|---|---|
高度プロフェッショナル制度適用労働者 | 努力義務(申し出が必要) | 義務 |
研究開発業務従事者 | 義務(申し出が必要) | 義務 |
一般労働者 | 義務(申し出が必要) | 労働時間の上限に触れるため就労禁止 |
管理監督者 | 義務(申し出が必要) | 義務 |
裁量労働制度適用対象者 | 義務(申し出が必要) | 義務 |
産業医面談(面接指導)活用のポイント
長時間労働およびそれに起因する健康障害の発生リスクの低減のために、産業医面談をどのように活用すべきでしょうか。
〈長時間労働者の状況を確認・把握する〉
面接指導においては、まず長時間労働をしている従業員の状態、症状、状況の確認・把握に努めることが重要です。面接指導時は、労働安全衛生規則第52条の4に挙げられている確認事項(下記)などを産業医に確認してもらいましょう。
- 対象労働者の勤務の状況…労働時間、業務日数や内容など
- 対象労働者の疲労の蓄積の状況…負担や疲労の状況、休養や睡眠時間の状況など
- 対象労働者の心身の状況…心理的負担の状況、自覚症状など
- その他の状況…健康診断の結果や生活習慣についてなど
〈事後措置を講じ、長時間労働の改善につなげる〉
面接指導の実施後は、面談を担当した医師からの意見聴取を行い適切な措置を講じます。これは長時間労働の防止に役立てるために、また事業者に課せられる安全配慮義務の履行においても重要なポイントです。
事後の措置には就労場所の変更、労働時間の短縮、作業の転換、休暇の取得などが挙げられます。医師の意見をもとに、適切な就業上の措置を講じることが大切です。また併せて事業場内の環境の整備、業務の効率化、評価制度の見直しなどについても検討します。
長時間労働への取り組みは、企業にとって優先すべき経営課題です。人事労務担当者は防止策を講じる他、トップやマネジメント層などに働きかけて意識改革を図るなどして、長時間労働の低減を目指しましょう。
まとめ
長時間労働は、脳・心血管疾患は勿論、メンタルヘルスの不調とも一定の因果関係があると言われ、放置すると働く人の健康状態を悪化させるリスクがあります。従業員の健康障害や労災事故のリスクをコントロールするために産業医面談を活用しましょう。