職場のメンタルヘルスに取り組む必要性を実感していても、どのように取り組めばよいのか、最初の一歩で止まってしまうことがあります。
そんなとき、ひとつのキーワードとして注目したいのが「メンタルヘルスリテラシー」です。
ITリテラシー、金融リテラシー、情報リテラシーなど、さまざまな「○○リテラシー」がありますが、リテラシーの枠組みで見つめ直すと、何を習得すべきか明確になる効果があります。
現代におけるメンタルヘルスリテラシーは、誰にとっても不可欠な「生きる力」といえるかもしれません。
この記事では、メンタルヘルスリテラシーを通じて、企業のメンタルヘルス対策について、考えていきたいと思います。
目次
メンタルヘルスリテラシーとは何か
まずは、メンタルヘルスリテラシーの基本的な定義と重要性、とくに職場における意義を確認していきましょう。
メンタルヘルスリテラシーとは?
メンタルヘルスリテラシーとは、メンタルヘルスに関する知識と理解、そしてそれを活用するための社会的スキルを指します。
自分自身や周囲の人が精神的な問題に直面したとき、その問題を認識し適切に対応するために、重要なスキルです。
精神保健研究所のWebサイトでは、以下のとおり解説されています。
メンタルヘルスリテラシーは、ヘルスリテラシーの概念(健康を高めたり、維持したりするのに必要な情報や支援を活用するための認知・社会的スキル)を心の健康に特化して整理したものです。
精神保健の向上、精神疾患の予防・早期発見・回復のための心構えや生活スキルといえるかもしれません。
メンタルヘルスリテラシーに含まれる要素
カナダのStan Kutcher博士によると、メンタルヘルスリテラシーに含まれる要素として、以下4つが挙げられます。
- 心の健康を維持するために何をすべきか理解していること
- 精神疾患の症状とその対処方法を理解していること
- 精神疾患に対して偏見を持たないこと
- 精神的な問題で困った時に、いつ、どこで助けを求めるのかを理解していること。その相談先で何を期待できるのか、何が得られるのかを理解していること
筆者自身は、身内の闘病を通じて、徐々に上記のスキルを身につけていきました。
その後、職場のメンタルヘルス問題に多く関わってきましたが、メンタルヘルスリテラシーを持っていたからこそ、対処可能だったといえます。
一方、過去を振り返れば、「もっと早くからメンタルヘルスリテラシーを身につけていたなら、もっとできたことがあったのではないか」という思いがあることも事実です。
職場におけるメンタルヘルスリテラシー向上の重要性
メンタルヘルスリテラシーは、個人の健康だけでなく、企業全体、ひいては社会全体の健康にも寄与します。
精神的な問題に対する理解と対応能力を高めることは、自分だけでなく、周囲の人たちのメンタルヘルスを守ることにもつながるからです。
2020年代には、日本の学校でもメンタルヘルスリテラシー教育が始まりました。
日本の学校教育でメンタルヘルスリテラシー教育が始まります。小学校は2020年度、中学校は2021年度、高校は2022年度から開始される新学習指導要領では、現代的課題への対応として、心の健康や精神疾患に関する内容の充実が図られました。
これほど重要なメンタルヘルスリテラシーですが、現在、社会に出ている人の大半が、メンタルヘルスリテラシーの教育を受けていません。
だからこそ、職場においてメンタルヘルスリテラシーを身につけるアプローチが重要といえます。
社内のメンタルヘルスリテラシー向上の取り組み
社内のメンタルヘルスリテラシーを向上させるために、どんな取り組みが可能でしょうか。
ここでは、以下の4つのパートに分けて、ご紹介します。
(1)自己理解と自己管理
まず、自己理解と自己管理は、メンタルヘルスの基盤となる要素です。
自身の個性や抱えている感情、ストレスの原因を理解し、適切にマネジメントする能力を高めることが、心の健康を守るために役立ちます。
50人以上規模の企業では、年に1回以上のストレスチェックが義務づけられていますが、50人未満であっても、導入することが第一歩といえます。
【取り組み施策の例】
- ストレスチェックの導入:従業員のメンタルヘルスの状態を定期的にチェックし、必要に応じてサポートを提供する
- ストレスマネジメント研修の実施:ストレスの原因や対処法についての知識を提供し、従業員自身がストレスを適切に管理する方法を学ぶ
- リラクゼーションスペースの設置:従業員が業務中にリフレッシュするためのスペースを提供し、短時間でもリラックスできる環境を整える
(2)他者理解とサポート
次に、自分だけでなく、他者のメンタルヘルスを理解しサポートできるリテラシーは、「はたらきやすい職場づくり」に不可欠です。
職場のコミュニケーションやチームワークの向上に寄与し、職場のトラブルを未然に防ぐことも期待できます。
【取り組み施策の例】
- メンタルヘルス研修の実施:従業員が他者のメンタルヘルスのサインを理解し、適切にサポートする方法を学ぶ
- ダイバーシティ研修の実施:多様な価値観を受容し、さまざまな人材がのびのびと活躍できる文化を醸成する
- ピアサポートの導入:悩みや経験を共有できる同じ立場の従業員同士が、サポートし合える仕組みを作る
(3)早期発見と介入
メンタルヘルスの問題は、早期に発見して介入できれば、深刻な事態を防げるケースが少なくありません。
上司をはじめとする周囲が、「何か様子がおかしい」と感じ取り、具体的な支援に結び付けるリテラシーが求められます。
【取り組み施策の例】
- 社内コミュニケーションの活性化:普段からコミュニケーションを取り合うことで、異変に気づきやすい環境をつくる
- 相談窓口の設置:メンタルヘルスに関する悩みや不安を、打ち明けられる窓口を設置する
- EAP(従業員支援プログラム)の導入:専門家によるカウンセリングやサポートを提供するプログラムを導入する
(4)スティグマの軽減
最後に、スティグマに関するリテラシーです。
【スティグマとは?】
スティグマは、日本語の「差別」や「偏見」などに対応しています。具体的には、「精神疾患など個人の持つ特徴に対して、周囲から否定的な意味づけをされ、不当な扱いことをうけること」です。
精神の健康問題が、身体のそれと大きく異なる点として、スティグマの存在があります。
メンタルヘルスに関するスティグマは、従業員が助けを求めることを阻む、大きな要因です。
とくに経営者や管理職に、差別や偏見、否定的な意識があると、社内のスティグマが強化されてしまいます。
経営者や管理職からスティグマの軽減に取り組むことで、従業員が安心してメンタルヘルスのサポートを受けられる土壌が整います。
【取り組み施策の例】
- 経営者や管理職に対する研修の実施:メンタルヘルスに関する正しい知識を習得し、スティグマを軽減する
- 経営者や管理職のロールモデル活動:経営者や管理職がメンタルヘルスに対する理解を示すことで、従業員もオープンに悩みや不安を共有する文化を育てる
- メンタルヘルス不調者に対する適切な対応:「たとえメンタルヘルスの問題を抱えても、大丈夫なんだ」と従業員が思える先例を増やすことで、スティグマがない会社であることを証明していく
さいごに
メンタルヘルスリテラシーは、個人だけでなく、組織全体で高めることが重要です。
組織全体のメンタルヘルスリテラシーが高まれば、従業員の幸福度や組織の生産性にも、好影響が期待できます。
「はたらきやすい職場」とは、じつは「メンタルヘルスリテラシーが高い職場」といえるでしょう。
避けては通れないメンタルヘルスの課題に対して、メンタルヘルスリテラシーの概念を活用し、具体的かつ効果的な取り組みを進めていただければと思います。