常時使用する労働者を1名でも雇っている事業者には、健康診断の実施や結果に応じた事後措置の実施が義務付けられています。異常な所見がある労働者の就業判定が事後措置の一つとして定められていますが、就業判定までの流れや就業判定の判定区分、また健康診断の結果表に記載される判定区分(診断区分)との違いについてよくわからない、という人事・総務担当者もいるのではないでしょうか。
本記事では健康診断の実施に関連する事業者の義務や就業判定までの流れ、就業判定と判定区分(診断区分)の違い、事後措置の内容などについて解説します。
健康診断に係る事業者の義務と事後措置
健康診断に係る事業者の義務と事後措置は、生活習慣病を始めとする病気の早期発見・早期治療、作業に起因する健康障害の予防・早期発見につなげる意義のある取り組みです。職場の安全衛生に関する課題を発見して、職場環境の改善につなげる一面も持っています。健康診断に係る事業者の義務と事後措置の内容について解説します。
すべての事業者は健康診断を実施する義務がある
すべての事業者は健康診断を実施する義務があります。常時使用する労働者を1名でも使用する事業者には、年に1回以上、医師による定期健康診断の実施が義務付けられています(労働安全衛生法第66条)。深夜業などの有害業務に常時携わる労働者には6カ月に1回以上、医師または歯科医師による特殊健康診断の実施も義務化されています(労働安全衛生法第66条第2項、第3項)。
常時使用する労働者とは、勤続期間や労働時間に関する次の条件をすべて満たす労働者のことです。
【勤続期間の条件】
・定期健康診断については、勤続1年以上または1年以上使用される予定の労働者
・特殊健康診断については、勤続6カ月以上または6カ月以上使用される予定の労働者
【労働時間の条件】
・フルタイムの労働者
・パートタイムの場合は、週の所定労働時間がフルタイム労働者の4分の3以上の労働者
対象となる労働者には、事業者が行う健康診断の受診義務があります(労働安全衛生法第66条第5項)。定期健康診断の項目は以下のとおりです。
1 既往歴及び業務歴の調査
2 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
3 身長、体重、腹囲、視力及び聴力の検査
4 胸部エックス線検査及び喀痰かくたん検査
5 血圧の測定
6 貧血検査
7 肝機能検査
8 血中脂質検査
9 血糖検査
10 尿検査
11 心電図検査
なお特殊健康診断の項目については有害業務ごとに定められています。また後述する健康診断の結果に応じた措置については、作業環境など事業場の状況を熟知した産業医に実施を依頼するのが望ましいとされています。
産業医の意見聴取と就業判定
産業医の意見聴取と就業判定は、健康診断後に事業者が行うべき重要な項目の一つです。事業者には、健康診断で異常ありの所見が出た労働者に対して、該当する労働者の健康保持に必要な措置に関する意見を産業医から聴取する義務が課せられています(労働安全衛生法第66条の4)。併せて、該当する労働者の就業判定も求める必要があります。常時使用する労働者が6カ月平均で月4回以上深夜業に従事した後に、任意で受けた健康診断の結果を提出した場合も同様です(労働安全衛生法第66条の2、労働安全衛生規則第50条の2)。
当該従業員への適切な事後措置を講じる
当該従業員への適切な事後措置を講じることも、事業者が果たすべき重要な義務の一つです。産業医への意見聴取を踏まえて事業者として必要と判断した場合には、健康診断で異常所見が出た労働者に対して適切な事後措置を講じる義務が課せられています(労働安全衛生法第66条の5)。事後措置の実施にあたっては、労働者の実情に配慮することが大切です。事後措置の具体的な内容については後述します。
健康診断の結果に基づく保健指導
健康診断の結果に基づく保健指導とは、健康診断で異常の所見があり、かつ健康の保持に努める必要があると医師に判断された労働者に、医師または保健師による面談を実施することです。これは事業者に努力義務として課せられています(労働安全衛生法第66条の7)。
また併せて、健康増進事業実施者と連携して対象となる労働者に保健指導を受けさせる努力も求められています。健康増進事業実施者とは、全国健康保険協会(協会けんぽ)や国民健康保険組合など健康保険の保険者や自治体などのことです。
参考)厚生労働省「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」
参考)労働安全衛生法に基づく健康診断実施後の措置について
結果報告書を労働基準監督署に提出する
結果報告書を労働基準監督署に提出することも、健康診断に係る事業者の義務のうちの一つです。常時50人以上の労働者を使用する事業者は、定期健康診断を実施した後に「定期健康診断結果報告書」を所轄の労働基準監督署へ遅滞なく提出しなければなりません(労働安全衛生規則第52条)。定期健康診断結果報告書には、産業医の記名または署名が必須です。また特殊健康診断の結果についてはすべての事業者が結果報告書を提出する必要があります。
健康診断の結果は5年間保管する
健康診断の結果は、個人票を作成した上で5年間保存する義務があります(労働安全衛生規則第51条)。個人票については、健診機関から報告される健診結果表が個人票の指定様式の項目を満たしている場合は、健診結果表をそのまま個人票として用いることが認められています。結果の保存は紙ベース、電子データどちらでも差し支えありません。
また健康診断結果は要配慮個人情報として指定されています(個人情報の保護に関する法律施行令第2条第2項)。健康診断の結果が漏洩すると労働者のプライバシー侵害につながるため、保管方法や取扱ルールを明確化した上で情報保護を実践することが重要です。
定期健康診断実施から就業判定・事後措置の決定までの流れ
定期健康診断実施から就業判定・事後措置の決定までの流れを大まかに解説します。
1.健康診断の実施
健康診断の実施には主に2つの方法があります。労働者が健診実施機関に出向く方法と、健診実施機関に巡回健診(バス健診)を依頼する方法です。健康診断の受診率を高めるには、業務の繁忙期を避けて健診日時を設定するなどの考慮が必要でしょう。健診日時が決まったら、期間に余裕を持って問診票の記入や検体採取について受診対象となる従業員に案内します。
2.健康診断の結果の受領・通知
健康診断の結果の受領と通知を、健診実施後に行います。従業員が健康診断を受診した後、事業者と従業員の双方が結果表を受け取ります。個人別の結果表は事業者に一括で送付されるのが一般的です。個人別の結果表が届いたら、速やかに従業員個人に渡すようにします。前述しましたが、健康診断の結果は要配慮個人情報に指定されているため、渡し間違えのないよう注意が必要です。なお従業員の自宅に個人別の結果表を郵送してくれる健診機関もあります。
3.産業医による所見確認・受診勧奨
産業医による所見確認と受診勧奨を、健康診断の結果の受領後に行います。産業医は事業者から健康診断の結果を受け取り、事業場の業務内容や職場環境を踏まえて受診者ごとの検査項目や数値などの所見を確認します。「要治療」「要精密検査(要再検査)」といった異常な所見がみられた労働者に対しては受診勧奨を行います。受診勧奨とは、精密検査を通じて異常所見や疾病の有無を確定するために医療機関の受診を勧めることです。
二次健康診断や精密検査の結果が出たら、産業医は受診勧奨に応じた労働者への就業上の配慮や職場環境改善の必要性などに関する意見を事業者に述べます。
4.健康診断の結果に基づく保健指導
健康診断の結果に基づく保健指導を、健康診断の結果に異常な所見がみられた労働者に対して実施します。保健指導は個別指導で実施するのが基本ですが、指導の実効性を高めるために集団指導を実施して健康保持に関する情報を提供する事業者もみられます。保健指導の内容は次のとおりです。
- 栄養指導:職種間連携による改善に向けた指導
- 運動指導:運動プログラムの作成と運動実践の指導
- 生活指導:喫煙・飲酒・口腔ケアといった健康上の課題に対する指導・教育
保健指導は事業者の努力義務ですが、生活習慣病を始めとする疾病予防はもちろん生活習慣の改善やメンタルヘルスケアにつながるなど、実施のメリットは大きいでしょう。また40歳〜74歳でメタボリックシンドロームのリスクがあると判定された人には健康保険の保険者(健康保険証の発行元)を通じて特定保健指導が実施されます。
5.産業医による意見聴取・就業判定
産業医による意見聴取・就業判定を行います。これは健康診断で異常所見があった労働者の就業判定を行うために行うもので、事業者には実施義務があります(労働安全衛生法第66条の4)。健診実施日から3カ月以内を目途に、次の項目について産業医の意見を求めるようにします。
- 就業区分と就業上の措置の内容について
- 作業環境や作業そのものの管理について
聴取した意見は、健康診断個人票に必ず記載します。就業判定をスムーズに行えるよう、意見聴取の前に労働者の業務に関する情報を産業医に提供しておくとよいでしょう。
6.就業上の措置の決定
就業上の措置の決定は、健康診断の結果に異常所見がある労働者に対し、産業医に聴取した意見を踏まえて事業者が行います。就業上の措置は労働者の健康を守り、企業の安全配慮義務を果たすために必要なものですが、収入面などで労働者の不利益にはたらく一面もあります。労働者が理解した上で就業上の措置を講じられるよう、就業上の措置を決定する前に労働者から意見を聴いて十分に話し合うことが大切です。労働者から意見を聴く際に産業医が同席する事例も少なくありません。
就業判定の区分と措置の内容
就業判定の区分と措置の内容は、次のように求めるものとされています。産業医は次の区分で就業判定を行い、必要な就業上の措置の内容についても判断します。
就業区分 | 就業上の措置の内容 | |
区分 | 内容 | |
通常勤務 | 勤務の制限なし | ― |
就業制限 | 負荷を軽減するために勤務の制限が必要 | 労働時間の短縮、時間外労働・深夜労働の制限、担当する作業内容・就業場所の変更、勤務時間帯の変更など |
要休業 | 療養のために休業が必要 | 病気休暇の取得や休職を指示して一定期間勤務させない |
参考)厚生労働省「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」
参考)労働安全衛生法に基づく健康診断実施後の措置について
必要に応じて作業環境測定の実施、作業方法や職場環境の改善、施設や設備の見直しなどについて検討することも重要です。また産業医から聴取した意見は衛生委員会(安全衛生委員会)に報告するようにします。産業医の意見は、衛生計画の作成や見直し、健康障害を防止する対策などを審議する際に生かします。
健康診断の結果における「就業判定」と「判定区分」の違い
健康診断の結果における「就業判定」と「判定区分」の違いは、誰が何に対して判定を下したものなのかという点にあります。似たような言葉なので同じ項目と誤解する人もいるようです。ここでは「就業判定」と「判定区分」の言葉の違いについて説明します。
就業判定:就業上の措置に関する産業医の判定
就業判定とは、就業上の措置に関する産業医の判定をいいます。健康診断の実施後に産業医が従業員の就業上の措置を判定することです。前述したように、健康診断で異常な所見がみられた労働者の健康保持を目的として、産業医が就業上の措置の必要性を判断します。就業上の措置が必要な場合は措置の内容についても提示します。
判定区分:健診医が判定した診断区分
判定区分とは、健診医が判定した診断区分のことをいいます。健康診断を実施した健診機関・医療機関の健診医が検査結果や測定値をもとに、異常の有無や経過観察・精密検査・受診の必要性を判断する区分です。判定区分は健診機関・医療機関によって異なる場合があり、「判定基準」「診断区分」と呼ばれることもあります。健康診断の問診は健診医が担当するため、産業医は判定区分の決定には携わりません。
例えば、公益社団法人日本人間ドック学会ではA~Eの5段階の判定区分を設けています。
A | 異常なし |
B | 軽度異常 |
C | 要再検査・生活改善 |
D | 要精密検査・治療 |
E | 治療中 |
引用)公益社団法人日本人間ドック学会「判定区分 2023年度版」
また、一般財団法人日本予防医学協会ではより細かい判定区分を設けています。
A1 | 異常なし |
A2 | 有所見健康 |
A3 | 生活注意 |
B1 | 要経過観察 |
B2 | 経過観察中 |
G1 | 要再検査 |
G2 | 要精密検査 |
C1 | 要医療 |
C2 | 加療中 |
R1 | 判定不能 |
就業判定・就業上の措置を講じる際の留意点
就業判定・就業上の措置を講じる際の留意点には就業判定の期限やプライバシーへの配慮などといった事柄が挙げられます。それぞれの留意点について解説します。
就業判定は健診実施日から3カ月以内に行う
就業判定は健診実施日から3カ月以内に行うことが義務付けられています。就業判定を行うための産業医からの意見聴取も3カ月以内に行います(労働安全衛生規則第51条の2)。深夜業に常時従事する労働者が、任意で健康診断の結果を提出した場合も同様です。
従業員50人未満の事業者は地域産業保健センターで就業判定が可能
従業員50人未満の事業者は地域産業保健センターで就業判定が可能です。地域産業保健センターは通称「さんぽセンター」とも呼ばれ、さんぽセンターで産業医の意見聴取や就業判定を受けることができます。長時間労働者や高ストレス者に対する面接指導、労働者の健康管理に関する相談にも対応してもらえます。
地域産業保健センターは無料で利用できますが、面接指導など他のサービスを含めて1事業所あたり年間2回までの利用制限があります。また利用状況によっては就業判定に時間がかかったり依頼を断られたりする場合がある点にも留意が必要です。
就業判定は基本的に書類だけの対応となるため、産業医紹介サービスなどが提供する就業判定のスポットサービスを組み合わせて利用するのも良いでしょう。
参考)独立行政法人労働者健康安全機構 山口産業保健総合支援センター
就業上の措置を講じる際はプライバシーに配慮する
就業上の措置を講じる際は、対象となる労働者のプライバシーに配慮することが重要です。人事労務担当者はもちろん、職場の管理監督者も、健康診断の結果の取り扱いや関係する労働者への説明方法に配慮する必要があります。
また健康診断の結果を理由とした不利益な取り扱いが禁止されている点にも注意が必要です。事業者(経営層)と産業医・産業保健スタッフなどと連携を取りながら、労働者の健康管理や療養を支援していくようにしましょう。
参考)厚生労働省「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」
まとめ
健康診断で異常があった労働者に就業上の措置を講じるためには、産業医への意見聴取と就業判定が必須です。健康診断の結果は、異常なし・要経過観察・要再検査といった判定区分で見える化されます。
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また健康の保持に努める必要があると判断された労働者への、医師・保健師による保健指導も企業の努力義務として法令で定められています。労働者の健康を守り企業の生産性を高めるためには、産業医のサポートを受けながら健康診断の事後措置を実施することが大切です。