職場のメンタルヘルスに対する社会の注目が、加速度的に高まる一方、組織内に目を向けると分断が起きているように感じることがあります。
メンタルヘルス問題に対して、“非常に関心が強く熱心な層” と、“そうではない層” の差です。
じつのところ、これまで “そうではない層” だった、という方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、近年では、「業務上、メンタルヘルス問題に向き合わざるを得ない」と感じるシーンが増えているのではないでしょうか。
この記事では、あらためて、心の健康に関する基礎知識や、会社として何をすべきかについて、整理してお届けしたいと思います。
目次
確認しておきたい“心の健康”に関する前知識
企業人として心の健康問題に取り組む際、まず手引きとなるのが、厚生労働省による「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(メンタルヘルス指針、平成18年3月策定、平成27年11月30日改正)です。
同指針では「メンタルヘルスの基本的考え方」として、4つの留意点が挙げられています。
以下、“同指針の引用 + 簡単な解説” の構成で、詳細を見ていきましょう。
(1)心の健康問題の特性
心の健康については、客観的な測定方法が十分確立しておらず、その評価には労働者本人から心身の状況に関する情報を取得する必要があり、さらに、心の健康問題の発生過程には個人差が大きく、そのプロセスの把握が難しい。また、心の健康は、すべての労働者に関わることであり、すべての労働者が心の問題を抱える可能性があるにもかかわらず、心の健康問題を抱える労働者に対して、健康問題以外の観点から評価が行われる傾向が強いという問題や、心の健康問題自体についての誤解や偏見等解決すべき問題が存在している。
出所)厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」p.2
1つめの「心の健康問題の特性」のポイントとしては、以下が挙げられます。
- プロセスの把握の難しさ
- 心の健康問題を抱える従業員の評価や誤解・偏見の問題
前者の “把握の難しさ” について、筆者の現場体験から補足すると、「心の健康問題は、悪くなる過程も良くなる過程も、外部からは見えにくい。だからこそ、周囲の決めつけや勝手な判断は、大きな誤りを生む」と実感するところです。
「元気そうに見える、治ってよかった」
「つらそうに見える、復帰は早い」
といった、いわゆる “素人判断” は避け、専門家と連携する必要性を感じます。
次に、特性のポイント・後者の “評価や誤解・偏見” に関しては、経営者・管理職が十分に勉強すべき部分といえます。
メンタルヘルスは目に見えにくいのですが、命が奪われることもある問題です。軽視しては、皆が不幸になってしまいます。
「具体的に、どう接していいかわからない」という現場レベルの戸惑いには、書籍を読まれるのがおすすめです。
書籍を[病名 + 接し方]で検索して、専門家の執筆と出版社の校閲を経た文献を探します。
⇒ 例:[うつ病 接し方]でGoogle 書籍検索した検索結果ページ
(2)労働者の個人情報の保護への配慮
メンタルヘルスケアを進めるに当たっては、健康情報を含む労働者の個人情報の保護及び労働者の意思の尊重に留意することが重要である。心の健康に関する情報の収集及び利用に当たっての、労働者の個人情報の保護への配慮は、労働者が安心してメンタルヘルスケアに参加できること、ひいてはメンタルヘルスケアがより効果的に推進されるための条件である。
出所)厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」p.2
2つめの注意すべきポイントは、「個人情報保護」への配慮です。
前述のとおり、心の健康問題には誤解や偏見もあり、非常にセンシティブな情報として扱う必要があります。
具体的には、従業員の健康情報は、個人情報保護法における「要配慮個人情報」にあたります。
この法律において「要配慮個人情報」とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。
出所)個人情報保護法 第2条第3項
(個人情報保護法 第2条第3項)
実務にあたっては、厚生労働省の「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」が参考になります。
(3)人事労務管理との関係
労働者の心の健康は、職場配置、人事異動、職場の組織等の人事労務管理と密接に関係する要因によって、大きな影響を受ける。メンタルヘルスケアは、人事労務管理と連携しなければ、適切に進まない場合が多い。
出所)厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」p.2
3つめのポイントは「人事労務管理」との連携の大切さです。
当人の上司だけでなく、人事労務管理と協働することで、スムーズなサポートが可能となります。
ただ、中小企業であれば、専任の人事労務担当者がいなかったり、経理担当者が兼任していたり、というケースが多いのではないでしょうか。
その分、対応にあたる経営者や兼任担当者の、“心の問題に対する理解度” や “信頼される人柄” といった要素の重みが、増すことになります。
(4)家庭・個人生活等の職場以外の問題
心の健康問題は、職場のストレス要因のみならず家庭・個人生活等の職場外のストレス要因の影響を受けている場合も多い。また、個人の要因等も心の健康問題に影響を与え、これらは複雑に関係し、相互に影響し合う場合が多い。
出所)厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」p.2
最後に4つめは、「心の健康問題の要因は、さまざまである」という注意点です。
体の健康問題が、さまざまな要因で生じるのと同じように、心の問題もまた、複雑な要因が絡み合って生じます。
ここで知っておきたいのは、「うれしい出来事でも、ストレスになり得る」という事実です。
▼ 参考:ストレスの原因
出所)国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 こころの情報サイト「ストレスとセルフケア」
そもそもストレスとは、外部から刺激を受けたときに生じる緊張状態のことです。
外部からの刺激には、天候や騒音などの環境的要因、病気や睡眠不足などの身体的要因、不安や悩みなど心理的な要因、そして人間関係がうまくいかない、仕事が忙しいなどの社会的要因があります。
つまり、日常の中で起こる様々な変化が、ストレスの原因になるのです。
たとえば、進学や就職、結婚、出産といった喜ばしい出来事でも、変化であり刺激ですから、ストレスの原因になることもあるのです。
実務では、「仕事の負荷を減らしたのに、治らないのはおかしい」「ストレスがない職場なのに、なぜ心の病になるのか」といった視点を持つこと自体が、誤っているといえます。
4つのメンタルヘルスケア
続いて、「実際にどのような対策をすればよいのか?」について、見ていきましょう。
前述のメンタルヘルス指針では、4つのケアが挙げられています。
(1)セルフケア
- ストレスやメンタルヘルスに対する正しい理解
- ストレスチェックなどを活用したストレスへの気付き
- ストレスへの対処
まず、従業員が上記の「セルフケア」を行えるように、教育研修や情報提供などの支援を行うことが重要です。
心の健康づくりを推進するためには、従業員一人ひとりの意識を高めて、ストレスの早期発見・早期対処を実現していくことが、カギとなります。
労働安全衛生法は、「常時50人以上の労働者を使用する事業場」でのストレスチェックの実施義務を課しています。
一方、50人未満の職場であっても、ストレスチェックの実施は有益です。
ストレスチェックについて詳しくは、厚生労働省「ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等」をご確認ください。
(2)ラインによるケア
- 職場環境等の把握と改善
- 労働者からの相談対応
- 職場復帰における支援、など
「ラインによるケア」は、上司が部下の状況を日常的に把握して、職場環境の改善や部下からの相談対応を行うことを指しています。
メンタルヘルス指針では、〈事業者は、管理監督者に対して、ラインによるケアに関する教育研修、情報提供を行うものとする〉という趣旨が記載されています。
たとえば、部下を持つリーダーを対象に、年に1回、専門家による研修を実施するなどして、組織全体の対応スキルを均一化しておきたいポイントです。
(3)事業場内産業保健スタッフ等によるケア
- 具体的なメンタルヘルスケアの実施に関する企画立案
- 個人の健康情報の取扱い
- 事業場外資源とのネットワークの形成やその窓口
- 職場復帰における支援、など
3つめの「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」の“事業場内産業保健スタッフ等”とは、具体的に以下を指しています。
- 産業医等
労働者の健康管理を担う専門的立場から対策の実施状況の把握、助言・指導などを行う。また、ストレスチェック制度及び長時間労働者に対する面接指導の実施やメンタルヘルスに関する個人の健康情報の保護についても、中心的役割を果たす。
- 衛生管理者等
教育研修の企画・実施、相談体制づくりなどを行う。
- 保健師等
労働者及び管理監督者からの相談対応などを行う。
- 心の健康づくり専門スタッフ
教育研修の企画・実施、相談対応などを行う。
- 人事労務管理スタッフ
労働時間等の労働条件の改善、労働者の適正な配置に配慮する。
- 事業場内メンタルヘルス推進担当者
産業医等の助言、指導等を得ながら事業場のメンタルヘルスケアの推進の実務を担当する事業場内メンタルヘルス推進担当者は、衛生管理者等や常勤の保健師等から選任することが望ましい。ただし、労働者のメンタルヘルスに関する個人情報を取り扱うことから、労働者について人事権を有するものを選任することは適当ではない。なお、ストレスチェック制度においては、ストレスチェックを受ける労働者について人事権を有する者はストレスチェック実施の事務に従事してはならない。
とくに、産業医は中心的役割を果たす重要な存在です。
産業医の選び方については、下記のページが参考になります。
(4)事業場外資源によるケア
- 情報提供や助言を受けるなど、サービスの活用
- ネットワークの形成
- 職場復帰における支援、など
「事業場外資源によるケア」は、社外サービスの利用を指しています。
心の不調を抱えた従業員が、社内での相談を望まない場合もあるでしょう。
社外で、安全かつ効果的に相談できる仕組みがあれば、支援しやすくなります。
ただし、メンタルヘルス指針では、〈事業場外資源の活用にあたっては、これに依存することにより事業者がメンタルヘルスケアの推進について主体性を失わないよう留意すべきである〉とも指摘されています。
“丸投げ” ではなく、軸として「社としての方針」があることが大切です。
その実現のために社内リソースだけではカバーできない部分は、外部リソースを活用していきましょう。
さいごに
本記事では、従業員の心の健康に関して、企業がどう関わっていけばよいか、あらためて基本的な事項を確認しました。
最後に筆者の感じるところをお伝えすると、必要な知識をしっかり身につけたら、あとは社内で “経験” を蓄積していくことだと思います。
「従業員の心の不調の経験値なんて、ないほうがよい」と感じられるかもしれません。
しかしながら、本文中でも触れたとおり、心の健康問題は、さまざまな要因の影響を受けます。
誰もが当事者となる可能性があります。たとえ職場に何も問題がなかったとしても、一定数の従業員が当事者となると考えるのが自然です。
「自社でそのような事例の経験がない」という場合、従業員が心の問題を会社に知られることなく、退職しているだけかもしれません。
目指すべきは、“心の健康問題を抱える従業員がいない”ことではなく、
「従業員が心の健康問題を抱えたとしても、適切なケア体制が整っている」
「休職を経て復帰し、活躍している事例がある」という状態であると考えます。