近年、「健康経営」に取り組む企業が増えています。
企業イメージや採用力の向上も視野に入れ、健康経営優良法人の認定要件を満たすべく、具体的な施策の取り組みを検討中という企業も、多いのではないでしょうか。
実際、健康経営優良法人の申請数は、2016年度のスタート以来、毎年、増加の一途をたどっています。
この記事では、筆者が実際に取り組んだ施策の体験談や、現場で感じた課題について、お伝えしたいと思います。
目次
健康経営の取り組み施策の概要
筆者の体験談を掘り下げる前に、健康経営の取り組み施策の位置づけや枠組みに関して、確認しておきます。
健康経営とは?
健康経営とは、業務パフォーマンスや企業価値の向上を目指す経営視点から、従業員の健康管理を行うことです。
経済産業省の資料によれば、以下のとおり説明されています。
【健康経営・健康投資とは】
- 健康経営とは、従業員等の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること。
- 健康投資とは、健康経営の考え方に基づいた具体的な取組。
- 企業が経営理念に基づき、従業員の健康保持・増進に取り組むことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や組織としての価値向上へ繋がることが期待される。
※出所)経済産業省「健康経営の推進について」p.11
【健康経営の効果が現れるフロー】
指針となっている「健康経営優良法人認定制度」での取り組み
経済産業省は、健康経営を推進するために「健康経営優良法人認定制度」を創設しており、この認定要件が、健康経営に取り組むガイドラインのような役割を果たしています。
【参考:健康経営に係る顕彰制度について(全体像)】
たとえば、「健康経営優良法人2023(中小規模法人部門)」の認定要件は、以下のとおりでした。
画像では文字が小さいので、「(3)従業員の心と身体の健康づくりに関する具体的対策」の項目を以下に抜粋します。
- 保健指導の実施または特定保健指導実施機会の提供に関する取り組み
- 食生活の改善に向けた取り組み
- 運動機会の増進に向けた取り組み
- 女性の健康保持・増進に向けた取り組み
- 長時間労働者への対応に関する取り組み
- メンタルヘルス不調者への対応に関する取り組み
- 感染症予防に関する取り組み
- 喫煙率低下に向けた取り組み
- 受動喫煙対策に関する取り組み
それぞれの具体的な施策内容は、「健康経営ハンドブック 2018」が参考になります。
実際に行った3つの施策の体験談
さて、ここからは筆者自身の体験を共有したいと思います。
実際に行った施策のうち、効果を実感した3つについて、ご紹介します。
- オフィス近くの非チェーンジムの法人契約
- 置き型社食
- 長時間労働の是正
(1)オフィス近くの非チェーンジムの法人契約
1つめの施策は「ジムの法人契約」でした。
先にご紹介した健康経営優良法人の認定要件に照らすと、「運動機会の増進に向けた取り組み」に該当します。
以下は「健康経営ハンドブック 2018」内での解説です。
もともと筆者の勤務先では、健康組合によるスポーツクラブチェーンの利用補助がありました。しかし、ごく一部の従業員にしか利用されていませんでした。
ジムやフィットネスクラブは、「立地」が重要です。わざわざ電車に乗ったりしなくても通える動線上になければ、続きません。
そこで、オフィスから「ランチに行ける飲食店の距離圏内」にある、非チェーンのジム(個人経営などのジム)を、すべて法人契約することとしました。
「会社帰りに、気楽に寄れるように」という意図でしたが、実践してみるとおもしろいことが起きました。
会社帰りだけでなく、「1時間のお昼休憩」を有効活用して、運動する人たちが出てきたのです。
オフィスのすぐ近くのジムなら、「40分運動し、20分でお昼を食べる」といったことも可能となります。
筆者自身も、ほかのメンバーに誘われて参加するようになりましたが、そのメリットを感じました。
「今日は、運動するのが面倒だ」と思っても、仲間がいることで楽しめたり、一緒に行く約束を破りたくない気持ちで、がんばれたりするのです。
(2)社食サービス
2つめの施策は「社食サービス」です。
健康経営優良法人の認定要件に照らすと、「食生活の改善に向けた取り組み」に該当します。
健康的なメニューを提供できる社員食堂があれば理想的ですが、賃貸オフィスの中小企業では、現実的ではありません。
しかし、最近ではさまざまな「社食サービス」が登場しています。
筆者の勤務先では、専用冷蔵庫に栄養バランスの取れたお惣菜が常備される、設置型の社食サービスを利用していました。
これは、健康的な食事を求めるメンバーはもちろん、ランチ代を節約したいメンバーにも、好評だった施策です。
「健康」だけでなく、「安い」「便利」など、従業員にとって実利がある仕組みにすると、結果として施策の活用度が向上する、という発見でした。
(3)長時間労働の是正
3つめの施策は、長時間労働の是正です。
健康経営優良法人の認定要件では「長時間労働者への対応に関する取り組み」に該当します。
長時間労働の対策は、すでに多くの企業で実施されていることと思います。
筆者の勤務先でも、全員定時で帰宅する曜日を作ったり、一定時刻以降は強制消灯したりと試行錯誤しました。
ただ、常態化した長時間労働は根深い問題で、難航したのも事実です。
最も効果的だった施策は何か?と振り返ると、「人員補填の検討」でした。
当人やチームの努力でどうしようもない場合は、構造を変える(このケースでは人を増やす)しかありません。
ただ、興味深かったのは、「残業が減らせないようでしたら、必要な人材を採用します。どのような人材が必要か教えてください」というアプローチだけで、当人の意識が変わることも多かった点です。
不足リソースを具体的に洗い出す過程で問題に気づいたり、「もっと本腰を入れて残業を減らしてみよう」という心境になったりと、変化が見られました。
取り組みを通じて感じたリアルな課題
次に、健康経営の取り組みを通じて感じたリアルな課題としては、次の2つがありました。
- 肥満・メタボ対策とボディポジティブ
- モチベーションの高い層とそうでない層の隔たり
(1)肥満・メタボ対策とボディポジティブ
「肥満・メタボ対策」は、健康経営の中心的な取り組みとして据えやすい施策です。
しかしながら、従業員の年代層や性別、価値観などによっては、最も取り組みにくい施策になり得ます。
たとえば、近年、「ボディポジティブ」というムーブメントがあります。
「痩せている=美しい」とされていた従来の価値観にとらわれず、ありのままの自分を受け入れようという考え方です。
日本では、渡辺直美さんの発信がよく取り上げられています。
【参考:渡辺直美さん関連の記事】
- ボディ・ポジティブな渡辺直美が語る「ボディについて、思うこと」(2019/04/29、Harper’s BAZAAR)
- 渡辺直美さんはなぜ世界的に人気なのか? カギにぎる「ボディポジティブ」の流れに遅れる日本(2021/03/30、AERA)
健康経営の本質とボディポジティブの本質を、同列に語ることは不適切ではありますが、一方で、現場での従業員の受け止め方はさまざまという現実があります。
「健康経営」という大義名分のもとに、人それぞれの価値観にまで踏み込まないよう、配慮が必要だと感じました。
(2)モチベーションの高い層とそうでない層の隔たり
健康に対する意識は、個人差が非常に大きいものです。
あらゆる食べ物にこだわりを持っている人、
信じる健康法を広めたい人、
自分の筋肉を大切にしている人、
意志的に刹那的な生き方を選択している人、
健康を押しつけられることに拒否感を持つ人、
センシティブなコンプレックスを持っている人、……
健康経営の取り組み施策を進めていくと、“モチベーションが高い層”と“そうでない層”との間に、隔たりができていくように感じる瞬間がありました。
「みんな健康で、いい仕事をしよう」という願いからスタートしたはずの活動が、組織の分断を招いては、本末転倒です。
パーソナルな部分である「健康」というトピックを、会社という組織で統制的に扱うことの難しさを念頭に置き、 “やりすぎないバランス” を見極めることも重要だと考えます。
さいごに
本記事では「健康経営の取り組み」をテーマにお届けしました。
最後にひとつ付け加えるなら、「体調を崩したときに、しっかり堂々と休める組織」であることが、従業員の健康にとって非常に重要だと思います。
健康経営の効果測定として「アブセンティーズム(欠勤・休職日数や疾病休業者数など)」が用いられることがありますが、休みにくい雰囲気を作らないよう注意したいところです。
それぞれの企業の現況や、従業員のニーズに合わせて、実のある取り組み施策を実行していただければと思います。