選任した産業医と合わなかったときの対処法について

産業医を選任して意見を求め、従業員の健康づくりの推進や職場環境の改善を図りたい、と考えていたにもかかわらず、取り組みが思うように進まないばかりか、「従業員から産業医に対する苦情がくる」「産業医が職務を全うしてくれていないように感じる」、あるいは、まずは法令遵守を目標に産業医を選任したものの、「産業医が求める理想が高く、事業者側で対応可能なレベルを超えてしまっている」といった悩みを持つケースも見受けられます。このような事態に陥るのは、いずれも産業医とのミスマッチが原因である場合が多いようです。

では産業医と合わない場合には、どのように対応すべきでしょうか。本記事では、企業と産業医が合わない理由や産業医を変更する際の手順、企業に合う産業医の見つけ方などを解説しながら、産業医にまつわる課題解決の方法をご紹介していきます。産業医の活動が企業にとって重要な意味を持つ、必要不可欠なものとするためにも、ぜひ参考にしてみてください。

「合わない産業医」の特徴と問題点

産業医も人です。企業における業種や経営方針が異なるように、産業医にも得意な分野やそれぞれのスタイルがあります。

産業医の得意分野や特色を把握して設置できていれば、企業と従業員によい影響を及ぼしますが、相性が合わない産業医を選任してしまった場合、想定している効果は上がりにくくなるでしょう。

  • 産業医の職務を果たしてくれない
  • 事業者の要望を正しく把握してくれない
  • 従業員から苦情の申し立てがある
  • 経営者と価値観が合わない

の事象について、次に詳しく見ていきましょう。

産業医の職務を果たしてくれない

産業医の職務は、従業員が健康で安全に業務ができるように、専門的立場から企業の職場環境や作業環境について助言や指導を行うことです。そのために以下のような業務を行います。

  • 職場環境を把握するための職場巡視
  • 長時間労働や要望に応じて行う従業員との面談
  • 健康診断の実施・結果に基づく措置
  • ストレスチェックの実施・結果に基づく措置
  • 衛生委員会への参加や衛生講話の実施
  • 休職や復職時の面談や可否の判断

こうした業務が実施されなかった場合、事業者に課せられる法令上の義務が果たされないケースも出てきます。知らない間に法令違反を犯していたということがないように気をつけましょう。

また、職場巡視をしなかったり、求められた面談を行わなかったりといった職務を全うしていない産業医は、名前だけの産業医を意味する「名義貸し産業医」と呼ばれる場合があります。名義貸し産業医に該当する場合は労働安全衛生法違反とみなされてしまう可能性があります。

要望を正しく把握してくれない

事業者の要望を正しく把握してもらえない場合にも、事業場が抱える課題解決への取り組みが進まず、合わないと感じることが多いでしょう。例えば、事業者が産業医に対して「従業員の健康管理を積極的に行ってほしい」「メンタルヘルス対策にも協力してほしい」といった要望があったとします。しかし、産業医が積極的に関わらないスタンスであったり、メンタルヘルス対策に消極的であったりする場合、事業場における産業保健活動は思うように進みません。

また、産業医から求められる対応が企業側の認識と温度差がある場合もあります。例えば、メンタル疾患からの復職に関しては1ヵ月程度の半日勤務からの復職でないと認めない、主治医から「復職可、ただし部署を異動が望ましい」といった診断書が出てきた場合に事業者側の事情はあまり考慮せずに「異動前提」で本人と復職面談を進めてしまうといった場合など、企業側としてはその後の対応に苦慮する事もあります。

適切な指導や助言を得て従業員の健康を守るために、事業者側の要望や事業者として対応可能な範囲を伝え、取り組むべき課題などについても擦り合わせ、産業医の認識がずれてしまわないようにすることも重要です。擦り合わせを何度か試みても事業者側の希望を実施してもらえないという場合には、産業医との継続的な良好関係を築くことは難しいでしょう。

従業員から苦情の申し立てがある

従業員からの評判がよくない場合、「産業医に相談しにくい」「誤った復職判断によるトラブルが起こる」などという事態に発展する可能性があります。

従業員からの評判がよくないとされる産業医には、以下のような特徴が挙げられます。

  • 医学的根拠よりも主観による判断をする
  • 従業員の話をよく聞かない
  • 口調が強い
  • 健康相談などのコメントが自分の保身を重視した内容になっている

従業員が相談しても、内容を考慮せず主観で意見を押しつけてくる、気圧されるほどに語気が鋭いなど、コミュニケーション能力に課題がある産業医では従業員からのよい評価は得られません。特にメンタルヘルス不調の場合、こうした産業医と面談をすることでかえって悪化を招く危険をはらむでしょう。

産業医面談はプライバシーを保護する環境で行われるため、事業者側が面談時の産業医の言動を正確に把握するのは難しい場合があります。普段から従業員の声に耳を傾けたり、匿名でアンケートを取ったりするなどして、従業員が産業医に対しどう感じているかを適度に確認するのが有効です。

勿論、産業医側にも事情がある場合もあります。面談後に産業医にも面談時の様子のヒアリングを実施するなど片聞きにならないようにしましょう。

経営者と価値観が合わない

産業医には企業の方針などを理解した上で、中立的な立場から職務に当たることが求められます。経営理念や企業の置かれた状況に寄り添えない場合、事業者が求める職務内容や助言の方向性などが理解されず、事業者と産業医との間にずれが生じ、以下のような事象が起きる可能性があります。

  • 産業医と良好な関係が築けない
  • 産業医の判断に信憑性が持てなくなる
  • 産業医の取り組みが企業の目的とかけ離れてしまう
  • 従業員と産業医の信頼関係が築けない
  • 実現したい健康経営戦略ができなくなる

価値観の擦り合わせができていない場合にはこうした事態に陥るリスクも高まり、産業医とのスムーズな連携は取りにくくなるでしょう。経営者との信頼関係が築けない産業医では、従業員もアドバイスに耳を傾けにくくなり、状況に応じて義務付けられている産業医面談なども円滑に実施できなくなってしまいます。

事業者と産業医、従業員と産業医のどちらにおいても良好な関係を築けるように、経営者と産業医が互いの立場と価値観を理解することも重要です。

産業医と合わない場合の対処法

産業医が合っていないと判断される場合には、まず以下2つの対処方法を検討してみましょう。

  • 要望を伝えて改善を図る
  • 改善されないときは産業医を変更する

この2つの対処方法について次に解説していきます。

要望を伝えて改善を図る

産業医に改善してほしい内容がある場合には、まずは伝えてみることが重要です。しかし、常駐していない産業医の場合は事業場の職場環境や従業員の変化に対する理解が遅れ、それが事業者側のニーズとのずれを生じる結果になっているという可能性もあります。

そのため、要望を伝える前に産業医の状況を考慮することが大切です。一方的に伝えるのではなく、産業医の職務状況や希望も聞いてみましょう。丁寧なコミュニケーションを心がけることで、産業医も指摘内容を受け入れやすくなり、また話し合いなども円滑に進められるようになるはずです。

改善されないときは産業医を変更する

コミュニケーションを取って要望を伝えても改善の余地がみられない場合は、産業医の変更を検討しましょう。相性や考え方が合わないまま選任をし続けていても事業者側は勿論、産業医側も疲弊してしまいます。お互いの為にも変更は決して悪い選択ではありません。

◇産業医を変更する際の手続き

―産業医を変更する際は以下の書類を準備して、事業場を管轄する労働基準監督署に提出します。

  • 産業医選任報告書(総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医選任報告様式)
  • 医師免許の写し及び産業医の資格を証する書面 *1

産業医の資格を証明する書類は、労働安全衛生規則第14条第2項に記載されているいずれかを証明する書面を指します。

また、提出方法は以下の3通りで対応可能です。

  • 労働基準監督署の窓口に直接提出
  • 郵送
  • インターネットによる電子申請「e-Gov電子申請」

また選任報告書を準備する際には、厚生労働省のインターネット上のサービスである「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」を活用することができます。

産業医を変更する際は、現在の産業医の解任から新しい産業医の選任までを14日以内に行う必要があります。解任を検討する際は新しい産業医を事前に決めて、届け出に必要な書類を用意しておくと良いでしょう。

「合わない産業医」の選任を防ぐために行うべきこと

合う産業医と会わない産業医

合わない産業医を選任しないために、以下3つの事柄を事前に実施するとよいでしょう。自社に合った産業医が見つかる可能性が高まります。

  1. 産業医を探す前に求める産業医像を明確にする
  2. 選任する前に実績や対応可能な業務内容を確認する
  3. 契約締結前に要望や考えをよく擦り合わせる

3つの内容について次に詳しく見ていきます。

産業医を探す前に求める産業医像を明確にする

  • 経営方針や業務内容に対する理解
  • 従業員との信頼関係を築けるコミュニケーション力
  • 中立な立場を貫き、適切な休職や復職判断ができる
  • 健康管理に対して積極的に関与できる
  • メンタルヘルス対応ができるかどうか

求める産業医像が具体的であればあるほど、ミスマッチを防ぐことが可能です。

選任する前に実績や対応可能な業務内容を確認する

産業医の実績と対応可能な業務領域の確認は特に重要なポイントです。健康診断の実施や職場巡視などの基本的な業務に加えて、休職や復職時の面談、メンタル不調者への対応や産業医講話など業務範囲を明確にしましょう。

産業医としての経験や実績があれば、より広範囲の業務を行える可能性が高いです。また、産業医によって得意な業種がある場合もあります。ただ、経験があるに越したことはありませんが、何よりも大事なのはコミュニケーション能力です。経験が豊富な産業医ですと、事業者側への要望レベルが高く、対応が難しいケースもあるかもしれません。その辺りはしっかり摺合せをしましょう。

※参考記事:

契約締結前に要望や考えをよく擦り合わせる

契約締結前に次のような内容を産業医と擦り合わせておくと、選任後の認識のずれを防げるでしょう。産業医との連携も強化され、産業保健にまつわる施策、運用、また課題解決も進めやすくなります。

  • 求める産業医像
  • 企業の方針
  • 産業医が得意とする分野
  • 産業医の対応できる業務範囲
  • 従業員との面談で重視しているポイント
  • 産業医自身の価値観やスタイル

こうした内容について産業医と擦り合わせて契約条件などを決めることで、事業者と従業員にとってメリットの大きい産業医選任が行えるでしょう。

◇産業医との契約について

―産業医の契約形態は「雇用契約」と「業務委託契約」の2パターンがあります。

【雇用契約】
―産業医と直接雇用契約を結ぶ方法です。企業の従業員として雇い入れる契約であり、企業に所属して産業医活動を行います。専属産業医と契約を結ぶ際に多く用いられる雇用形態です。

【業務委託契約】
―業務委託契約を結ぶ場合、産業医は企業に属さず、独立した立場で職務に当たります。嘱託産業医との契約で用いられることが多い契約形態です。基本的には契約内容にある業務を行うため、あらかじめ産業医と擦り合わせた上で、契約書には実施してもらいたい業務内容を記載しておきます。また非常勤となるため、事業場への訪問は月に数回となる場合がほとんどです。

いずれの契約形態においてもトラブルを防ぐために、業務内容や報酬額などの契約条件を事前に取り決めて契約書に明記することが重要です。

業務委託契約書については、日本医師会でひな形を公表しているため、契約書を作成する際に活用してみるとよいでしょう。

日本医師会 産業医契約書の手引き

産業医を探す方法

産業医の適切な探し方
  1. 事業場の近くにある医療機関に相談する
  2. 健康診断を依頼している健診機関に相談する
  3. 地域の医師会に相談する
  4. 自社や知り合いなどの人脈を活用して探す
  5. 産業医紹介サービスに依頼する

「『合わない産業医』の選任を防ぐために行うべきこと」の項目で解説したポイントに留意しながら探すことでミスマッチを防げます。5つの探し方について次に詳しく見ていきましょう。

事業場の近くにある医療機関に相談する

近隣のクリニックや医療機関の医師が産業医の資格を所持している場合があります。懇意にしている医療機関や医師などがいれば、事業場の産業医を兼務してもらえるか相談してみましょう。

勤務医や開業医は常に第一線で患者と向き合っているため、従業員からの信頼を集めやすいでしょう。ただし、病院での職務がメインであり、また多忙である医師が多いため、産業医面談などのスケジュール調整がつきにくい場合があります。

健康診断を依頼している健診機関に相談する

健診機関にも産業医の資格を所持している医師がいる場合があります。健診機関には定期健康診断を依頼しているため、安心感が高いことや健康診断の結果を確認してもらいやすいことがメリットといえます。

しかし、安心感が高くメリットもあるからといって、健診機関に紹介してもらった産業医とすぐに契約するのは適切とは言えません。求める産業医像に当てはまるか、自社の要望に対応できる医師かどうかなどをしっかりと確認しましょう。

地域の医師会に相談する

全国の各地域にある医師会でも産業医を紹介してもらえる場合があります。地方など産業医を探す機関が限られている場合に相談しやすい点がメリットです。

医師会で紹介してもらえる産業医のほとんどは開業医のため、業務委託契約となる場合が多く、事業場の産業医業務に充てられる時間に制限がある点については理解しておきましょう。また、産業医の紹介を行っていない医師会もあるので事前に確認が必要です。

自社や知り合いなどの人脈を活用して探す

取引先や社内の人脈を活用し、産業医とつながりのある人から紹介してもらう方法もあります。近い人脈をたどることになるため、紹介者に産業医の選び方や関わり方などのノウハウが聞けたり、紹介してもらった産業医とは関係を築きやすかったりする点がメリットです。

しかし紹介してもらう産業医が必ずしも自社と相性がよいとは限りません。万が一産業医が自社に合わず変更を検討する必要が出てきた場合、知人に紹介してもらった手前、変更に踏み切りにくくなる可能性があります。

産業医紹介サービスに依頼する

求める産業医像を伝えて自社の意向に合った産業医を紹介してもらう「産業医紹介サービス」を利用する方法もあります。自社で探す時間と労力を省ける点、契約形態や報酬額など産業医との交渉を代行してもらえる点などがメリットとして挙げられます。

紹介手数料などがかかりますが、産業医の選任業務を効率よく進められる他、産業保健活動が軌道に乗るまでサポートしてもらえるなどアフターフォローが充実し、コスト以上のメリットが得られる場合も多いでしょう。

まとめ

産業医を選任、変更する際は、求める産業医像を明確にしておくことが重要です。企業のニーズを体現できる産業医が選任できれば、従業員の健康を守り、職場環境をより良く改善できる大きな助けとなるでしょう。

従業員が健康で働ける職場環境を実現できれば企業価値は大きく向上し、長期的な労働力の確保も見込めます。

*1 厚生労働省東京労働局 安全管理者・衛生管理者・産業医等の選任報告

 

株式会社メディカルトラスト 編集部

執筆者株式会社メディカルトラスト 編集部
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2001年から産業医、産業保健に特化して事業を展開。官公庁、上場企業など1,000事業場を超える産業医選任実績があります。また、主に全国医師面談サービスの対象となる、50名未満の小規模事業場を含めると2,000事業場以上の産業保健業務を支援。産業医は勿論、保健師、看護師、社会保険労務士、衛生管理者など有資格者多数在籍。

20以上の業歴による経験を活かし現場に寄り添い、

最適な産業医をご紹介・サポートいたします

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