労働安全衛生法は、労働者の安全・健康を確保した上で快適な職場環境づくりを促進するための法律です。産業医の選任ルールを始め、健康診断の実施や就業上の配慮といった産業保健の取り組みについても条文化されています。
本記事では労働安全衛生法が制定された背景や産業医や事業者に課せられている義務について解説します。働き方改革関連法の施行に伴い、2019年に改正された労働安全衛生法の内容についても紹介するので、産業医を配置する際には参考にしてみてください。
目次
労働安全衛生法とは
労働安全衛生法とは、労働者の安全と健康を守るために事業場内での安全衛生管理体制を明確化し、労災防止の取り組みを推進するために定められた法律です。かつては労働基準法の中に安全衛生に関する規定が設けられていましたが、国民福祉の向上を念頭において安全衛生の取り組みを強化するために、1972年10月から労働安全衛生法として独立した法律となりました。
労働安全衛生法は、産業技術の発達や労働環境の変化に対応する形で改正が繰り返されています。産業医や産業保健に関する改正も重ねられており、労働者の健康管理はもちろん労災防止や職場環境の改善においても産業医の役割は重要視されています。なお、労働安全衛生法の取り組みや内容を具体化するために、労働安全衛生規則と労働安全衛生法施行令が別途定められています。
労働安全衛生法に定められる産業医とは
労働安全衛生法第13条第2項では、労働者の健康管理などを行うために必要となる医学的知識を持った人を産業医と定義しています。医師免許を取得後、日本医師会が実施する産業医学基礎研修または産業医科大学が開く産業医学基本講座を修了してから産業医になる医師が多いです。産業医の主な職務は労働者の健康の保持増進や健康管理、作業環境の維持管理で、事業場内での病気やケガの治療は含まれていません。
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医の選任が義務付けられています。常時使用する労働者数が50人に達してから14日以内に産業医を選任する必要があるため、余裕を持って選任の準備を進めておきましょう。事業者は産業医を選任した際、事業場を管轄する労働基準監督署に選任報告書を提出する義務があります。選任後できるだけ早く届け出てください。
一方、常時使用する労働者が50人未満の事業場には産業医の選任義務がありませんが、長時間労働者に対する面接指導(産業医面談)などについては事業場の規模にかかわらず実施義務が定められています。そのため、小規模の事業場でも産業医が関与する場面があります。
労働安全衛生法で定められている産業医の法定業務
産業医は健康診断や面接指導(産業医面談)に関与するなど、事業者や労働者と協働して職場の安全確保や就労環境の改善に取り組んでいるのが特徴です。労働安全衛生法で定められている、産業医の法定業務の内容を紹介します。
健康診断の結果に基づく保健指導
事業者に実施が義務付けられている健康診断で異常所見が認められた労働者から申し出があれば、健診結果をもとに産業医が保健指導を実施します。労働者が自発的に健康診断を受けて異常所見が認められた場合も、事業者による保健指導の対象です。
保健指導では、生活習慣病や脳・心臓疾患の予防を目的として生活習慣の改善に向けた支援を行います。また、労働安全衛生法では労働者に対しても保健指導を活用して健康を保持する努力義務が定められています。事業者側でも、産業医と連携して労働者が気軽に保健指導を受けられる体制を整備するようにしましょう。
なお、40歳以上75歳未満の人を対象に保険者が実施する特定保健指導についても、産業医が担当する場合があります。
長時間労働者への面接指導
月80時間を超える時間外労働・休日労働を行ったために疲労が蓄積した労働者から要望があれば、産業医が面接指導を実施します。過重労働による健康障害を未然に防ぐため、労働者から申し出がなくても面接指導を実施することが望まれます。ただし、月100時間を超える時間外労働・休日労働を行った研究開発業務従事者や一定の条件を満たす高度プロフェッショナル制度適用者については申し出の有無にかかわらず面接指導を実施する義務が生じるため注意が必要です。
面接指導の結果、健康を保持するために必要だと事業者が判断した場合には就業場所の変更や労働時間の短縮、深夜労働の回数減少などの措置を行います。
ストレスチェックの結果に基づく高ストレス者への面接指導
ストレスチェックの結果、高ストレスで面接指導が必要だと判断された労働者が希望した場合に医師が面接を行います。ストレスチェックの実施者が面接指導を申し出るよう勧奨する仕組みですが、業務多忙やプライバシー面での懸念などを理由に面接指導を受けない労働者もみられます。面接を実施するのは医師であれば必ずしも職場の産業医でなくても法令上問題はありませんが、労働者のメンタルヘルスケアを効果的に進めるためには、職場巡視や衛生委員会の参加などを通じて職場環境を理解している産業医が面接するのが望ましいです。
職場巡視
産業医には、少なくとも毎月1回以上の職場巡視が義務付けられています。ただし、衛生管理者による巡視結果や月100時間の時間外労働・休日労働を行った労働者の情報を産業医に毎月提供する場合は、事業者の同意を得て2カ月に1回以上の巡視とすることが可能です。
職場巡視では、作業現場を実際に見たり関係者とコミュニケーションを取ったりして職場の安全衛生上の課題を見つけ、改善につなげていきます。安全配慮義務の観点から、健康状態が思わしくない労働者に健康相談や医療機関の受診を促す場面もみられます。
衛生委員会への参加
衛生委員会への参加も、産業医の法定業務の一つです。衛生委員会の委員には産業医が必ず含まれており、労働者の健康障害の防止や安全衛生に関する計画などについて医学的な知見をもとに意見を述べます。職場巡視などで得られた情報をもとに、労働者の健康を確保するために必要だと判断した内容について調査・審議を求めることもできます。
2019年労働安全衛生法の改正と産業医の強化
時間外労働の上限規制を始めとする働き方改革関連法の施行に伴い、2019年4月の労働安全衛生法の改正では長時間労働者に対する面接指導や産業医・産業保健機能が強化されました。主な改正内容について解説します。
産業医の独立性と中立性の強化
保健指導や面接指導、高ストレス者やメンタルヘルス不調者との面談など、労働者のプライバシー保護が求められる場面が増加しています。労働時間の短縮や休職・復職といった就業上の配慮を求める場面では事業者と労働者の意見が対立する懸念があり、産業医は慎重な対応が必要です。労働者の健康を確保する活動を効果的に進め、医学的な知識を背景に客観的な立ち位置で事業者に必要なアドバイスを提供できるよう、産業医の独立性・中立性が強化されました。
産業医への権限強化・情報提供の充実
労働者の健康管理を確実に行うため、事業者には産業医に以下の権限の付与が義務付けられています。
- 事業者又は総括安全衛生管理者に対して意見を述べること。
- 第十四条第一項各号に掲げる事項を実施するために必要な情報を労働者から収集すること。
- 労働者の健康を確保するため緊急の必要がある場合において、労働者に対して必要な措置をとるべきことを指示すること。
産業医が事業者や職場の管理監督者・衛生管理者から得られる情報に依存せず、産業医独自の視点で情報を収集・分析した上で意見を述べられる環境が整備されているのが特徴です。従業員が産業医に協力する際には、人事上の不利益が生じることのないよう、事業者としての配慮が求められます。
長時間労働者に対する面接指導の要件変更
長時間労働者に対する面接指導の対象者が、1カ月の時間外労働・休日労働時間の合計が80時間以上の労働者に拡大されました。併せて、管理職を含むすべての労働者の労働時間を把握した上で、対象者の情報を産業医に提供することが事業者の義務となりました。1カ月の時間外労働・休日労働時間の合計が45時間以上の労働者についても、健康上の配慮が必要な場合には面接指導を実施することが望ましいとされています。
労働安全衛生法に定められる事業者の義務・対応すべきこと
事業者には産業医の選任義務だけではなく、長時間労働やメンタルヘルス不調の対策義務が労働安全衛生法で定められています。事業者としての義務と職場の安全衛生を確保するために取り組むべきことを紹介します。
産業医の選任
常時使用する労働者数が50人以上の事業場では、産業医を1人以上選任することが義務付けられています。常時使用する労働者とは、所定労働時間や所定労働日数の多少にかかわらず、事業者と雇用契約を結んで働く人のことをいいます。一般健康診断の対象者の定義とは異なるため注意が必要です。
産業医の選任義務は、事業場で常時使用する労働者が50人に達した時点で発生します。産業医の選任義務が生じてから14日以内に選任することが義務付けられているため、人員計画を立てる段階で産業医の候補選びについても検討しておく必要があります。
◇産業医の選任条件・人数・種類
―産業医の選任条件は、労働者の数や事業場の業務内容によって定められています。労働者数が多い企業でも、例えば50名未満の小規模な事業場が全国各地に展開しているような場合等は法令上産業医の選任義務がない事もあります。
【産業医の人数】
常時使用する労働者の人数 | 産業医の人数 |
---|---|
50人未満 | 選任義務なし |
50~499人 | 嘱託1人以上 |
500~999人 | 嘱託1人以上 ※有害業務を行う事業場は専属1人以上 |
1,000~3,000人 | 専属1人以上 |
3,001人以上 | 専属2人以上 |
有害業務を行う事業場とは、夜10時~朝5時までの深夜業を行う事業場や、労働者に健康被害を及ぼす恐れのある重量物・放射線などの物体・物質を取り扱う事業場のことです。
事業場の専属産業医になった場合は他の事業場の産業医と兼務できません。嘱託産業医の場合は業務に支障のない範囲で他の事業場の産業医と兼務できます。専属産業医は常勤、嘱託産業医は非常勤と考えると分かりやすいでしょう。
◇選任義務を果たさなかった場合の罰則
―産業医の選任義務を果たさなかった場合は労働安全衛生法違反となり、事業者が50万円以下の罰金刑を受けることになります。また、労働局のホームページで企業名が公表される可能性もあります。さらに、ハローワークや職業紹介事業者に求人を出しても不受理になるなど、企業の信頼低下を招くため注意が必要です。
健康診断の実施と事後措置・結果報告
事業者が常時使用する労働者を雇い入れたら、医師による健康診断を受けさせる義務が生じます。すべての事業場で実施する年1回の定期健康診断や、取り扱い業務に応じて追加で実施する特定業務従事者の健康診断・特殊健康診断などがあります。
常時50人以上の労働者を使用する事業者は、労働基準監督署への定期健康診断結果報告書の提出が必須です。また、特殊健康診断の対象となる事業者については、特殊健康診断の実施有無にかかわらず状況報告が必要です。
長時間労働者に対し必要な措置を講じる
1カ月の時間外労働・休日労働が80時間以上に達して疲労が溜まった労働者には面接指導を行い、健康保持に必要な措置を講じる必要があります。事業場の規模・業務にかかわらず、面接指導の実施や医師からの意見聴取・就業上の配慮を行うことが事業者に義務付けられています。
なお、常時使用する労働者が50人未満の事業場については地域産業保健センターの医師に面接指導を依頼することも可能です。
ストレスチェックの実施と事後措置・結果報告
常時50人以上の労働者が従事する事業場では、ストレスチェックの実施が義務付けられています。ストレスチェックの対象者は常時使用する以下の労働者ですが、産業医の選任基準とは異なるため注意が必要です。
- 期間の定めのない労働契約を結んでいる人
- 契約期間が通算1年以上、または契約を更新して1年以上勤務する見込みがある人
- パートタイマーで、1週間の所定労働時間がフルタイム労働者の4分の3以上の人
ストレスチェックで高ストレスと判断された労働者から希望があった場合には面接指導を行い、産業医の意見を踏まえて就業上の配慮を行う必要があります。ストレスチェックを実施した後は労働基準監督署への報告義務がありますが、年に2回以上実施した場合でも年1回の報告で問題ありません。
衛生管理者の選任
産業医の選任義務がある事業場では、専属の衛生管理者の選任も義務付けられています。衛生管理者は労働者の健康障害を防止する措置を始め、衛生教育や健康診断の実施といった衛生に関連する業務を担当します。産業医との連携や毎週1回以上の職場巡視も、労働者の健康を守る上では重要な業務です。選任すべき衛生管理者の人数は、事業場の労働者数に応じて決められています。
【選任すべき衛生管理者の人数】
常時使用する労働者数 | 衛生管理者の人数 |
---|---|
50~200人 | 1人以上 |
201~500人 | 2人以上 |
501~1,000人 | 3人以上 |
1,001人~2,000人 | 4人以上 |
2,001人~3,000人 | 5人以上 |
3,001人以上 | 6人以上 |
「常時1,000人を超える労働者を使用する事業場」、または「常時500人を超える労働者を使用し、かつ法定の有害業務に常時30人以上の労働者を従事させている事業場(以下「有害業務事業場」)」では、衛生管理者のうち少なくとも一人を専任(専ら衛生管理の仕事を行う者)としなければなりません。
また、衛生管理者には第一種衛生管理者、第二種衛生管理者の種別があります。
事業場の種類(農林畜水産業、鉱業、建設業など)によっては第一種衛生管理者の選任が法令で定められているので注意が必要です。
◇50人未満の事業場では衛生推進者を選任
―常時10人以上50人未満の労働者が従事する事業場では、1名以上の衛生推進者を選任する義務があります。職務内容は衛生管理者と同じです。建設業や製造業といった、安全管理者の選任対象となる業種の場合は安全衛生推進者を選任します。
衛生委員会・安全衛生委員会の設置
常時50人以上の労働者が従事する事業場では、衛生委員会と安全委員会の設置が義務付けられています。労働者数が100人未満であれば安全委員会の設置義務が免除となる業種もあります。衛生委員会と安全委員会を統合した、安全衛生委員会の設置も可能です。
衛生委員会は少なくとも毎月1回以上開催して、労働者の健康障害を防ぐための対策について調査・審議します。産業医、衛生管理者、衛生に関する経験のある労働者が衛生委員会のメンバーとなり、議長は統括安全衛生管理者または事業の統括責任者が務めます。
◇50人未満の事業場では労働者の意見を聴く機会を設ける
―衛生委員会(安全衛生委員会)の設置義務がない事業場でも、安全・衛生に関する懇談会を開催するなど労働者の意見を聴く体制を整備する義務があります。職場の安全衛生の確保や労働者の健康保持は事業者としての責務だからです。必要に応じて産業医に相談したり地域産業保健センターを活用したりして、職場環境の改善に努めるようにしましょう。
まとめ
産業医は事業者と連携しながら、医学的な知見をもって中立的かつ独立した立場で労働者の健康管理を支援しています。仕事内容は労働安全衛生法で定められており、面接指導・保健指導などの個別相談業務や衛生委員会での調査審議を通じて、職場環境の向上にも貢献しています。信頼できる産業医と連携した労働者の健康管理が、生産性の向上、ひいては企業価値の向上にもつながるでしょう。