「パワハラ防止法」が改正され、2022年4月から中小企業を含むすべての企業において「パワーハラスメント防止措置」が義務化されました。こうした法改正の動きに伴い職場におけるパワハラ対策の重要性が高まっていますが、企業は具体的にどのような対策を講じれば良いのでしょうか。
パワハラの定義や制度の概要をご紹介しながら、企業が行うべき対策や取り組み、パワハラ相談を受けたときの対応、パワハラ事案における産業医の役割などについて詳しく解説します。
目次
パワーハラスメントとは
近年法改正が行われ、国をあげて防止措置が強化されているパワーハラスメントですが、そもそもどのような行為がパワーハラスメントに該当するのでしょうか。まずは、パワーハラスメントの基礎知識を解説していきます。
2020年、パワーハラスメント防止措置の義務化が実施
2022年4月1日より「労働施策総合推進法(通称・パワハラ防止法)の改正」が中小企業においても施行され、職場におけるハラスメントの防止施策が義務化されました。同法は2020年6月1日にスタートし、大企業にのみパワハラの防止施策を義務付けていました。中小企業は当初努力義務としてスタートしましたが、それが強化された形です。職場で働く「労働者」を対象にした法律であることから、正社員だけでなく契約社員やアルバイト社員も対象となります。
事業者は、厚生労働大臣の指針に従い、ハラスメントを未然に防止するため、方針の明確化や周知、相談窓口の設置といった措置を必ず講じなければなりません。さらに、社員が事業者にハラスメントを相談したことによる不当な取り扱いも禁止しています。
パワハラの定義
職場におけるパワーハラスメントとしては、次の3つの要素をすべて満たしている必要があると、厚生労働省では示しています。(*1)
- 優越的な関係を背景とした言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- 労働者の就業環境が害されるもの
「優越的な言動」とは、抵抗や拒絶することができない蓋然性が高い関係性を背景にして行われるものを指します。例えば、上司から部下に対する言動や業務上当該行為者の協力を得なければ難しい場合などです。
「業務上必要かつ相当な範囲」は社会通念に照らし、当該言動が業務上明らかに必要でなかったり、その態様が相当でなかったりするものが該当します。実際には、言動の目的や経緯、状況などさまざまな要素を総合的に考慮して判断することが妥当です。パワハラを訴えた労働者に問題行動があった場合にはその内容や程度なども留意されますが、人格を否定するような内容や常識の範囲を超えるような言動があれば、パワハラに当たります。
「就労環境が害される」とは、当該言動により身体的・精神的に苦痛が与えられ、就労環境が不快なものとなったために看過できない程度の支障が生じることです。この判断においては、「一般的な労働者が看過できない程度の支障を感じるような言動であるか」が基準となります。
パワハラ6つの類型
厚生労働省ではパワハラに該当する代表的な言動として、6つの類型を挙げています。(*2)
1.身体的な攻撃(暴行、傷害)
―殴打や足蹴り、物を投げつける。
2.精神的な攻撃(脅迫、名誉棄損、侮辱、ひどい言動)
―人格を否定するような言動を行う。必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返す。他の労働者の目の前で威圧的な叱責を繰り返す。相手の能力を否定して罵倒するような内容のメール等を複数の労働者に送信する。
3.人間関係からの切り離し(隔離、仲間外れ、無視)
―自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外したり、別室に隔離したりする。1人の労働者に対して同僚が集団で無視し、職場で孤立させる。
4.過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
―肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命じる。必要な教育を行わないまま達成困難な目標を設定し、達成できなかったことを厳しく叱責する。業務と関係のない私的な雑用を強制する。
5.過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
―管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせる。気に入らない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えない。
6.個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
―労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりする。労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露する。
上記の例に該当しない場合もあり、個別事案の状況によっては判断が異なる場合もあります。事業者には、パワハラに該当するか微妙なもの、判断がつきにくいものも含めて、広く相談に対応する姿勢が求められます。
パワハラに対する必要な措置を行わなかった場合の罰則は?
パワハラ防止法では、企業に対してパワハラ防止措置を義務付けていますが、罰則が規定されているわけではありません。ただし必要があると認められれば、厚生労働省から企業に対して助言や指導、勧告が行われます。勧告に従わなかった場合、企業名やパワハラの内容が公表される可能性があります。
また必要な措置を行わないと「職場環境配慮義務違反」があったとして損害賠償を請求されたり、SNSでパワハラの内容が拡散されたりするなどリスクが高まることも考えられます。企業の信頼やブランドイメージを大きく損なう結果になりますので、快適な職場環境の整備は企業の責務といえるでしょう。
パワハラの相談は産業医面談でも可能
パワハラにより従業員がメンタルヘルスの不調に陥った場合、従業員は産業医面談を受けることができます。産業医と連携をとり、労働者の不調を早急にカバーできる体制を整えることが重要です。
ただし、産業医は心身の不調を相談できる医学の専門家ではありますが、パワハラ対応の専門家ではありません。そもそも「パワハラがあったと認定するか否か」の判断をするのはあくまで企業側である事には注意が必要です。
パワハラの事案でも産業医面談の原則は同じ
パワハラに関する事案でも、産業医面談の内容は基本的に変わりません。産業医面談は、心身の不調を抱えている労働者に対して「体調不良の原因は何か」「現状のまま仕事を継続することは可能かどうか」を確認することが目的です。パワハラ事案における産業医面談でも同様に、体調不良の原因を客観的に探り、就労継続の可否の確認を行います。
また産業医には守秘義務があるため、基本的には労働者の許可なく相談された内容を事業者に共有することはありません。労働者が安心して相談できる体制を整え、必要があれば職場環境の整備に関して事業者に助言を行うことも産業医面談の意義の一つです。
産業医の立場は中立が基本
産業医は事業者と労働者の中間地点に立ち、客観的なヒアリングによって体調不良の原因を探ることが責務です。
パワハラを受けた労働者は感情的になっている場合も多く、体調不良の原因をパワハラだと決めつけてしまっているケースも少なくありません。産業医は一方の労働者の言うことだけを鵜呑みにせず、中立性を保って原因を追究する姿勢が求められます。
また、パワハラがあったかどうかの判断は最終的には事業者が下すものであり、産業医は判断する立場にありません。産業医には適切な判断が行えるよう、面談内容の詳細な記録を準備してもらったり、パワハラを受けた労働者の体調サポートを行ってもらったりしましょう。
ハラスメント相談窓口設置の義務化について
パワハラ防止法ではパワハラを防止する措置の一環として、相談窓口を設置し労働者に周知するよう求めています。厚生労働省の規定する「パワーハラスメント防止のための指針」では、窓口設置について以下のように記載されています。
- 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること
- 相談窓口の担当者が、相談内容や状況に応じて適切に対応できるようにすること。また、実際にパワハラが生じている場合だけでなく、発生のおそれがある場合や該当するかどうか微妙な場合であっても、広く相談に対応すること。
また、この相談窓口はパワハラだけでなくセクシャルハラスメント等の相談窓口も兼ね、一元的に対応できる体勢が望ましいとされています。(*3)
社内の相談窓口
社内に相談窓口を設置する場合、一般的には管理職や人事部社員を窓口担当者として選任します。男女それぞれの担当者と各部署の管理職でチームを構成すると、より相談しやすい体制が整えられるでしょう。また相談は面談だけでなく、電話やメールなど複数の方法で受けられるよう工夫することが望ましいとされています。
相談があった場合、窓口担当者と人事部、関連部署の管理者、産業医などが連携して事実確認を進めます。相談者の不利益にならないよう、プライバシーには十分に配慮してください。
外部の相談窓口
社内の窓口には相談しづらいと感じる社員もいるため、同時に外部窓口も用意しておくことが望ましいです。外部の相談窓口としては、弁護士や社会保険労務士、ハラスメント対策専門の民間企業と契約する方法があります。
厚生労働省の「ハラスメント悩み相談室」など無料で利用できる窓口もありますが、ハラスメントに該当するかどうかなどの判断を行うことはできず、直接的にハラスメントの解決につながる窓口ではないため、外部相談窓口を設置する際は信頼できる外部企業と連携することがおすすめです。
産業医からパワハラ相談の報告を受けたときの注意点
従業員との面談を実施した産業医から「従業員がパワハラによる体調不良を訴えている」と報告を受けた場合、担当者はどのように対応すれば良いのでしょうか。注意点やポイントを紹介します。
事実確認を必ず行う
まずは、本当にパワハラがあったのかどうか事実確認が必要です。相談者の了承を得た上で、行為者や関係者に対して慎重にヒアリングを実施しましょう。相談者から体調不良の訴えがあったからといって、パワハラが原因とは限りません。一方の証言のみを鵜呑みにせず、客観的な視点で調査を進めてください。
配置転換などを検討する
相談者本人、あるいはパワハラ行為者の配置転換を実施するのも一手です。相談者と行為者の直接的な関わりを減らすことができるため、相談者も業務を継続しやすい方法です。ただし、パワハラによる体調不良を訴える相談者を希望の通りに配置転換をするのは注意が必要です。パワハラを訴えれば異動が叶うという誤解を広めてしまう事にもなりかねません。
また、行為者に関してもハラスメントを自覚していないと行為を繰り返してしまう可能性が高く、別途根本的な解決策を講じなければなりません。
相談をした従業員に不利益が生じないよう配慮する
パワハラ防止法では窓口においてパワハラを相談したり、パワハラの事実を報告したりした労働者に対して、異動や減給、解雇といった不利益な対応を行うことを禁止しています。法律違反となりますので、慎重に対応しましょう。
事業者が行うべきパワハラ防止への取り組み
相談窓口の設置以外に、事業者が講じるべきパワハラ防止のための取り組みを紹介します。
パワハラを禁止し、懲戒規定を明確化する
事業主は、就業規則などにおいてハラスメントを行ってはならないとする方針を明確化し、従業員に周知・啓発することが求められます。併せて、パワハラの行為者に対する懲戒規定を盛り込むことも重要です。懲戒規定が就業規則や服務規程で明文化されていないと、行為者を懲戒したときに企業が訴えられてしまう可能性があるためです。
また懲戒規定があること自体が、パワハラの抑止につながります。「パワハラは絶対に許さない」という姿勢を明示し、全従業員が安心して働ける環境を整えましょう。
ハラスメント研修などを実施し予防する
従業員に対してハラスメント研修を実施するのも有効です。ハラスメントは無自覚で行われているケースも多いため、研修を実施してどのような行為がハラスメントに該当するのかを知ると、パワハラを予防できます。
また、同僚や後輩がハラスメントを受けていることにも気が付きやすくなり、パワハラの早期発見、早期相談にもつながります。
実態把握のために社内アンケートなどを行い職場環境を見直す
職場環境の実態を探るため、全従業員を対象に社内アンケートを実施する方法もおすすめです。テレワークで社内コミュニケーションが取りづらいなど、間接的にハラスメントが起きやすい状況が発生しているかもしれません。従業員の声を拾い、職場環境を見直しましょう。
また、長時間労働の慢性化や特定社員への仕事の偏り、空調や換気といった職場設備の問題なども職場環境に影響を与える要因の一つであるため、早期に把握できるよう心がけましょう。
ストレスチェックの結果を活用し早期発見につなげる
従業員へのストレスチェックの実施によって職場環境の課題が把握できるケースもあります。ストレスチェックの結果を集団分析すると、当事者たちの関係性だけでなく体調不良やメンタルヘルスの不調につながる職場環境の問題に気付けるかもしれません。パワハラを生む間接的な原因が職場環境に潜んでいる可能性を視野に入れ、総合的な判断を行ってください。
相談窓口の存在を従業員に周知する
パワハラの相談窓口は労働者が存在を認知しており、必要になればいつでも気軽に利用できることが重要です。従業員に周知する際は、相談しても社内で不当な扱いは受けないこと、秘密やプライバシーは必ず守られることなども併せて共有し、相談しやすい環境を整えましょう。
まとめ
産業医面談においてパワハラ相談があったとの報告を受けた場合、企業は客観的な視点で事実確認を進め、従業員のプライバシーに配慮しながら必要な対策を講じる姿勢が求められます。
パワハラを放置していると、従業員の就労に多大な影響を及ぼすだけでなく、企業イメージや社会的信頼を損なう可能性が生じます。日頃から職場の状況把握に努め、安心して働ける職場環境の整備を進めましょう。
*1 厚生労働省 「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」p.2
*2 厚生労働省 「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」p.4
*3 厚生労働省 「職場におけるハラスメント関係指針」p.8