歯周病は、口の中だけではなく、糖尿病やアルツハイマー病など、全身の病気などに関連していることが明らかになっています。
歯周病予防のためには、適切なセルフケアと歯科健診が大切です。
しかし、現時点では日本の歯科健診制度は青年期以降のライフステージでは努力義務までとなっています。
そのため、国としての制度的には十分に整っているとはいえず、従業員に対しては企業の働きかけも重要だと考えられます。
そこで今回は、歯周病による健康問題について解説し、従業員に歯科健診を受けてもらえるような取り組みについて提案します。
目次
歯周病とは何か?歯周病によって引き起こされる病気とは?
では、まずは歯周病はどのようなものかについて解説します。
(1)歯周病とは?何が原因となる?
歯周病は、歯の周囲の汚れ(プラーク)のなかに含まれる細菌の毒素で、歯ぐき(歯肉)に炎症が起き、歯を支える骨(歯槽骨)が溶けていく病気です。
歯周病のリスク因子としては、
- プラーク(歯の汚れ)などの細菌因子
- 喫煙やストレス、食生活、歯磨き習慣などの環境因子
- 糖尿病などの全身疾患や炎症反応、免疫応答などの宿主因子
の3つがあります。
そして、歯周病の症状には以下のようなものがあります。
永久歯の抜歯、つまり歯を抜く処理をしなければならなくなった原因の中で、歯周病は約37%と最も多くなっています。
抜歯本数と原因、年齢との関連を見てみると、35歳以降で年齢とともに高くなり、70歳以降では徐々に減少していきます。
(2)歯周病と関連する病気にはどんなものがあるのか?
次に、歯周病と関連のある病気について説明します。
-1 糖尿病
糖尿病は、進行すると免疫機能が落ちます。
すると歯の周囲も感染しやすい状態となり、歯周病が悪化します。
一方で、歯周病のある糖尿病患者に適切な歯の治療を行うことで、血糖コントロールに改善が見られます。
歯周病を治療し、口の中を健康に保つことで、糖尿病の改善にもつながるのです。
このように、糖尿病と歯周病にはお互いに関連があるといわれています。
-2 アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症は、認知症の原因としては最も多いものです。
歯周病は、アルツハイマー型認知症の発症と進行に関与することが明らかになっています。
(歯周病のアルツハイマー型認知症への関与メカニズム解明より)
若い従業員には関係の無い話と思われるかもしれません。
しかし、アルツハイマー型認知症は、アミロイドβタンパクが脳に溜まってから10年後に海馬という脳の一部が萎縮し、25年後に発症するという長いスパンで進行する病気です。
企業に勤めているような青年期や壮年期から、歯周病の予防や対策は大切だと考えられます。
-3 動脈硬化症、脂質異常症
歯周病によって、全身の動脈硬化症が引き起こされることも研究で明らかになっています。
また、脂質異常症と歯周病との関連も報告されています。
-4 がん
疫学研究によって、歯周病が全身のさまざまながんの発生やがんによる死亡のリスクをあげていることが報告されています。
例えば、飲み込まれた歯周病の原因となる細菌が、大腸などに到達し、がんの発症や進行に影響を与えている可能性もあるという研究もあります。
-5 早産児や低体重児出産のリスク上昇
歯周病のある妊婦では、早産や低体重児出産のリスクが上がることがわかっています。
メカニズムについてはまだ明らかとなっていないこともあるのですが、歯周病の原因となる細菌や、それらが作る炎症性の物質などが原因となっているという報告がみられます。
歯周病の予防のために有効な方法は?歯科検診を従業員に受けてもらうためには?
ここからは、日本での歯科健診制度や適切なケア、企業の取り組みについてのヒントを提案します。
(1)現在の日本での歯科健診制度はどのようになっているのか
日本では、以下の図のように、乳幼児や児童・生徒までは歯科健診が法律で義務とされています。
しかし、成人の歯科健診については、有害な業務に対する特殊健康診査があるものの、一般従業員への歯科健診審査は義務化されていません。
そのため、産業保健の中では、成人への歯科健診審査はほとんど行われていないのが実情のようです。
一方で、従業員の健康維持や労働生産性の向上、医療費削減につながるメリットもあります。
また、「経済財政運営と改革の基本方針2022」、いわゆる「骨太方針2022」でも、生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)の具体的な検討を進めていく方針が打ち出されています。
国としても、歯周病を含む歯の健康については重要課題と認識しているということです。
したがって、適切なセルフケアの周知と同時に、従業員への歯科健診の実施、ならびに自身での歯科健診受診率向上を図っていくことは企業としても重要と考えられます。
(2)歯周病対策にとって有効なケアは?
歯周病予防のためには、口腔清掃が有効です。
セルフケアをする際には歯ブラシによる適切な清掃に加えて、デンタルフロスや歯間ブラシによる歯間部清掃が重要です。
また、歯科健診を受け、セルフケアでは取り除けない歯垢や歯石がある場合は、歯科で除去するプロによるケアも大切です。
しかしながら、平成28年に行われた調査では、デンタルフロスを用いた歯間部清掃を行っている者は30.6%でした。
特に男性においては、全年齢において、歯と歯の間の清掃については実施率改善の余地があると考えられます。
(3)企業が受診率向上をはかるためにできることは?
事業所つまり企業が行う歯科健診には、職場での健診と、歯科医院での健診の2つの方法があります。
職場で健診を行う場合は、従業員が健診を受けるように促しやすかったり、受けたかどうかを把握しやすいという利点があります。
一方、歯科医院での健診では、企業側が健診の場所や補助器具を用意する必要がないなどのメリットがあります。
いずれの形も、企業の規模などに合わせて選択していくと良いでしょう。
それでは、歯科健診実施を普及させるための方法について、実践例を参考にしながら提案します。
−1 歯科衛生に関する健康教室の開催
県や市には、それぞれ歯科医師会があります。
可能であれば、地域の医師会などと協力し、歯科医師や歯科衛生士派遣により、歯と口の健康づくりのために健康教室を実施することで、適切な歯のセルフケアの方法の理解につながるでしょう。
特に、歯のケアについては、前述の報告でお示ししたように、歯間の清掃をしていない人も多いかと考えられます。
そのため、歯ブラシだけで十分だと考えている方も少なくない可能性があるので、正しいデンタルフロスや歯間ブラシの使用方法を実際に体験することは大切です。
セルフケアはもちろん重要ですが、歯科健診を定期的に受けることの必要性を学ぶことで、かかりつけ歯科医をもつようになる効果も期待できるでしょう。
−2 歯科健診の実施
従業員が多い場合は、企業の事業所で集団歯科健診を行い、少ない場合は個別で近隣歯科医院での個別歯科健診を受けるような、歯科健診を行うのも良いでしょう。
費用については、企業や健康保険組合が補助するようにできると、従業員の負担感が軽減されるかと思います。
また、独自に割安な歯科健診プログラムを提供している地方自治体もあるようです。
例えば、市町村での歯科検診に関する実施体制の調査によると、対象者に対して無料と回答した市町村は自己負担「あり」と回答した市町村と比較して多かったという結果が得られています。
企業から、従業員に対してそういった情報を案内してみるのも良いかもしれませんね。
まとめ
今回は、歯周病の怖さについて、関連する病気を例に解説しました。
そして、歯科健診受診率を向上させるためのヒントについても述べました。
従業員が現在、そして将来も健康でいられるように、企業としてもできる範囲で取り組んでいきましょう。