2010年代後半から、急に見かけるようになった言葉として「心理的安全性」があります。今では、組織づくりの重要因子として、すっかり定着した感があります。
急速に広まった背景として、はたらく人たちの心の健康が重視されるようになったことや、各種ハラスメントに対する意識の高まりは、無関係ではないでしょう。
一方で、“心理的安全性の本質”に目を向けると、単なる「心理的ストレスのない安全な環境づくり」という文脈では、語りきれない概念であることがわかります。
むしろ、「心理的ストレスがあったとしても、のびのびと気兼ねなく力を発揮できるチームをつくる」ところに主眼があるのです。
この記事では、あらためて知りたい「心理的安全性」について取り上げたいと思います。
目次
心理的安全性の基礎知識
最初に「そもそも心理的安全性とは?」という基本事項から、見ていきましょう。
チームの心理的安全性の発見
「チームの心理的安全性(Team Psychological Safety)」の概念は、1990年代後半にハーバード・ビジネス・スクールの教授であるエイミー・C・エドモンドソンによって提唱されたものです。
エドモンドソン教授は、病院における医療ミスとチームワークの関係を研究する過程で、心理的安全性の重要性に気づきました。
以降、この概念はビジネスや医療、教育にいたるまで、さまざまな分野で広く受け入れられ、多くの組織が心理的安全性を重視した取り組みを行っています。
とくに、Googleによる“効果的なチームとは何か”を突きとめる研究(コードネーム:プロジェクト・アリストテレス)にて、「心理的安全性が高いチームは、他のチームよりも生産性が高い」と明らかになったことで、世界中の企業が注目するようになりました。
心理的安全性とは何か
「心理的安全性とは何か?」について多くの人が取り上げていますが、ここでは誤解を避けるために、エドモンドソン教授の言葉をそのまま引用してご紹介します。
心理的安全性とは、大まかに言えば「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」のことだ。より具体的に言うなら、職場に心理的安全性があれば皆、恥ずかしい思いをするんじゃないか、仕返しされるんじゃないかといった不安なしに、懸念や間違いを話すことができる。考えを率直に述べても、恥をかくことも無視されることも非難されることもないと確信している。わからないことがあれば質問できると承知しているし、たいてい同僚を信頼し尊敬している。職場環境にかなりの心理的安全性がある場合、いいことが起きる。まず、ミスが迅速に報告され、すぐさま修正が行われる。グループや部署を越えた団結が可能になり、驚くようなイノベーションにつながるかもしれない斬新なアイデアが共有される。つまり、複雑かつ絶えず変化する環境で活動する組織において、心理的安全性は価値創造の源として絶対に欠かせないものなのである
出所)エイミー・C・エドモンドソン,村瀬俊朗『恐れのない組織「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』 Kindle 版 Kindle の位置No.135-143
上記を読むと、日本語の「心理的安全性」から連想しがちな、「ブラック企業ではなくて安全」「ハラスメントがなくて安全」というイメージとは、似て非なる概念であることがわかります。
心理的安全性が焦点としているのは、ごく普通の職場にある、“恥、プライド、保身、対立、孤立、摩擦……”といった「対人関係につきものの不安」です。
もうひとつ、Googleによる解説をご紹介しましょう。
心理的安全性: 心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方、つまり、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうかを意味します。心理的安全性の高いチームのメンバーは、他のメンバーに対してリスクを取ることに不安を感じていません。自分の過ちを認めたり、質問をしたり、新しいアイデアを披露したりしても、誰も自分を馬鹿にしたり罰したりしないと信じられる余地があります。
出所)Google re:Work – ガイド: 「効果的なチームとは何か」を知る
心理的安全性が高まると、フィアレスな(不安も恐れもない)組織が生まれ、恐れがないからリスクを取って積極的に発言や行動ができ、結果として生産性が高まる——、という構図が見えてきます。
心理的安全性と「単にストレスがなくて安全」の違い
心理的安全性を単なる「ストレスがなくて安全」な状態と誤解して組織づくりを進めると、職場の雰囲気は良くなるかもしれません。
しかし、生産性が高まるかは、別問題となります。
以下は、「ストレスがなくて安全な職場」と「心理的安全性が高い職場」の違いをまとめたものです。
ストレスがなくて安全な職場 | 心理的安全性が高い職場 | |
---|---|---|
定義 | ストレスが少なく、楽に働ける状況 | メンバーが信頼し合い、リスクを取り、率直な言動ができる状況 |
ストレスやプレッシャー | ほとんど存在しない | 存在するが、メンバーがお互いをサポートし、乗り越えるためのアイデアを共有できる |
イノベーション | 極端に低いストレス環境では、変化やチャレンジが少ない | 新しいアイデアが生まれやすく、失敗を恐れずチャレンジできる |
成長 | 成長を促す刺激や動機づけに乏しい | メンバー同士で意見交換や失敗から学び、成長が促進される環境が整っている |
仲良しチームの生産性が低かった理由
ここで筆者の経験をひとつ、共有させてください。
企業で組織づくりに携わっていたとき、「仲良しチームは、雰囲気は良いけれど、なぜか成果が出ない」というジレンマに悩んでいました。
結果を出すのは殺伐チーム…の謎
組織内にいくつかあるチームの中で、和気あいあいとサークルのようなノリで、仲良しチームが発生することがあります。
当時、理由はわかっていませんでしたが、そういったチームは成果を出しにくいことを感じていました。
バリバリと成果を出していくのは、殺伐として見えるチームだったりするのです。
言いたいことを言い合って、一見、険悪にさえ見えるチームが、会社に貢献する利益を上げている事実がありました。
仲良しチームは「恐れのあるチーム」だった
「心理的安全性」の概念に触れたとき、ピンと合点がいった気がしました。
仲良しチームは、対人関係のリスクが取れない「恐れのあるチーム」に陥っていたために、生産性が低かったのだ——、と。
どういうことかといえば、表面的な結束や協調性が求められるグループ内では、和を乱す言動は大きなリスクを伴います。
たとえば、グループ内の誰かが間違っていると感じても、それを指摘すると和を乱してしまうため、恐れを感じて行動に移せません。
殺伐チームは「遠慮のないチーム」
一方、殺伐とした雰囲気に見えたチームのほうは、言い換えると「遠慮のないチーム」だったのです。
本音を伝えても、対人関係のリスクにさらされる心配がないと思えているからこそ、活発な意見交換が行われます。
思ったことを遠慮なく言い、わからないことは率直にわからないと言い、合理性があれば今までのやり方を一新することにも躊躇がありません。
「本当のこと(本音をいう、真実を追究する)」に対する恐れがないのです
表面的な“仲良しこよし”とは異なる、実利的なチームワークが形成され、生産性が高まっていたことがわかります。
「メンバーが信頼し合い、リスクを取り、恐れのないコミュニケーションができる状況」であり、心理的安全性が高い環境だったのです。
心理的安全性を高める実践
では、心理的安全性は、どのように高めていけるでしょうか。
リーダーシップと個人レベルでの実践に分けて、ご紹介します。
リーダーシップ
まず、そのチームのリーダー(マネジャーや経営者)のリーダーシップが不可欠です。
リーダーのあり方は、チームの心理的安全性に多大な影響を与えます。具体的な取り組み例として、以下が挙げられます。
- 積極的なリスニング
部下やチームメンバーの意見を真摯に聞く習慣を持ちます。相手の感情を理解し、相手の存在そのものを受け入れる姿勢で傾聴します。 - オープンなフィードバック文化の促進
ポジティブな意見だけでなく、建設的な批判も歓迎し、フィードバックを受け入れ共有し合える雰囲気をつくりましょう。 - 失敗の受容と学びの共有
失敗を恐れず、チャレンジを奨励する姿勢が大切です。失敗から学ぶことを共有し、チーム全体で成長できる環境を整えます。
なお、Googleは「心理的安全性を高めるためにマネージャーにできること」の詳細を、PDF資料にて公開しています。以下は引用です。
心理的安全性を高めるためにマネージャーにできること
このガイドでは、チームの心理的安全性をモデル化、強化するための考え方を紹介しています。調査研究に基づく、マネージャーとチームメンバー向けの具体的なアドバイスに従うことで、メンバー全員が貢献できるチーム環境を実現できます。
出所)Google re:Work – ガイド: 「効果的なチームとは何か」を知る
チームの心理的安全性を高めたいマネジャーにとって、大きなヒントを与えてくれる資料となっています。
個人の取り組み
心理的安全性の高いチームづくりに貢献するために、個人としてできることは、以下が挙げられます。
- 自己理解と自己開示
自分の強み・弱みもありのまま理解し、他者と共有することで、信頼関係を築くことができます。オープンなコミュニケーションを心がけましょう。 - 助けを求める姿勢
問題や困難に直面した際、周りの人々に助けを求めることが大切です。弱さをさらけ出し率直に協力を仰ぐことは、チーム全体のカルチャーにも好影響を与えます。 - 周囲を助ける姿勢
周囲に助けを求めると同時に、自分も周囲に関心を持ち、誰かの弱さを支える機会があれば手を貸せるようにします。
※助けを求めるスキルについては「ヘルプシーキング(助けを求めるスキル)で仕事も自分もうまくいく」にて、詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
なお、前述のGoogleのページでは、エドモンドソン教授がスピーチで挙げている以下の3点も紹介されています。
エドモンソン氏は、TEDx Talks でのスピーチの中で、チームの心理的安全性を高めるために個人にできる簡単な取り組みとして、次の 3 点を挙げています。
出所)Google re:Work – ガイド: 「効果的なチームとは何か」を知る
- 仕事を実行の機会ではなく学習の機会と捉える。
- 自分が間違うということを認める。
- 好奇心を形にし、積極的に質問する
さいごに
本記事では「心理的安全性」をテーマにお届けしました。
筆者なりの解釈では、心理的安全性が高いチームとは「誰も遠慮する必要のないチーム」です。
「でしゃばって意見を言わないように遠慮する」
「先輩よりも結果を出しすぎないように遠慮する」
「やっかいごとに巻き込まれないように遠慮する」
他者に気兼ねして遠慮しているうちに、重要な問題を見落としたり、無意識に手加減したり、チャンスを逃したりすることがあります。
「心理的安全性」というキーワードをヒントに、誰もが遠慮なしに、のびのびと力を発揮できるチームづくりを、目指していただければと思います。