産業医は病院などに勤務している一般的な医師と同様に医師免許を持っています。このことから、「一般的な医師と産業医は何が違うのか」「社員が体調を崩したら産業医に診てもらえるのか」「予防接種は産業医に頼めるのか」といった疑問を持つ方は多いでしょう。
産業医と一般的な医師ではできることも役割も大きく異なります。本記事では、産業医と医師の違いに加えて、業務内容や産業医探しのポイントなどについて解説していきます。産業医への理解を深める参考にしてみてください。
目次
産業医は医療行為を行えるかどうか
産業医は医師免許を所持していますが、原則として医療行為は行いません。産業医の役割は、主に職場の安全と労働者の健康を守ることです。
産業医の業務は「労働安全衛生法」や「労働安全衛生規則」で定められているのに対し、医師の職務は「医師法」によって定められています。産業医の職務内容などを定めた労働安全衛生規則第14条には、医療行為ができる旨は記されていません。
また医療行為を行うためには、医療法上の体制の整った診療所が必要になります。従って事業場に診療所の設備があり、産業医と診療所の医師を兼任する契約を結べれば、産業医が医療行為を行うことは可能です。しかしほとんどの企業は診療所を併設していないため、産業医は事業場内では基本的に医療行為ができないと認識しておきましょう。
体調不良の社員への対応について
産業医は体調不良の従業員がいた場合においても、薬を出したり症状を断定したりするような医療行為は行いません。体調不良者の症状に応じた医療機関の受診を助言します。受診する医療機関は、基本的には従業員本人で探す必要があります。医療機関の受診前に産業医と話をして、産業医の視点から見た体調不良の原因と考えられる事柄について聞いておくと、医療機関の医師の有効な判断材料となり、診察の精度を高められるでしょう。
また、体調不良の原因が職場環境にあると考えられる場合、産業医は事業者に対して改善を求める事があります。産業医に改善を求められた場合、事業者は速やかに対策を講じ、新たな体調不良者が出ないよう努めなければなりません。
産業医と主治医の違い
産業医と医療機関の医師である主治医は、医療行為ができるかどうかだけでなく、以下の5つの観点で違いがあります。
産業医 | 主治医 | |
---|---|---|
資格・知識 | 医師免許・産業医の資格 | 医師免許 |
職務内容 | 労働者の健康管理 | 患者の治療 |
業務の対象者 | 事業場で働く従業員 | 患者 |
立場 | 事業者と従業員との間で中立 | 患者に寄り添う |
権利 | 事業者への勧告権がある | 事業者への勧告権はない |
ここからは5つの違いについて詳しく見ていきます。
資格・知識
産業医と主治医は医師免許を持つ医師という点は同様です。産業医は医師免許に加えて、産業医となるために必要な以下のいずれかの要件を満たす必要があります。*1
- 厚生労働大臣の指定する者(日本医師会、産業医科大学)が行う研修を修了した者
- 産業医の養成課程を設置している産業医科大学その他の大学で、厚生労働大臣が指定するものにおいて当該過程を修めて卒業し、その大学が行う実習を履修した者
- 労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験区分が保健衛生である者
- 大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授、常勤講師又はこれらの経験者
医学の知識は産業医と医師で大きな違いはありません。産業医は労働衛生と医学の双方から職場環境を考慮して、従業員の健康管理に必要な意見を事業者に述べます。
職務内容
主治医は患者の治療が主な職務内容で、診察や検査などを通じて治療のための医療行為を行います。
一方で産業医は医療行為を行わず、企業の衛生環境づくりを支援し、従業員の健康をサポートするのが職務です。職場巡視や衛生教育を実施して、従業員が安全かつ健康に働けるように産業医の視点で企業を導きます。企業が行うメンタルヘルス対策や過重労働対策など、健康障害を未然に防ぐための対策や予防に関与するのも産業医の役割の一つです。
業務の対象者
産業医が対象者とするのは、「事業場で働く全従業員」です。健康であっても体やメンタルに不調があっても健康状態に関係なく、全ての従業員が産業医の職務の対象に含まれます。また事業者に対して改善を求めるなど意見書を提出する場合があるため、事業者も産業医の職務の対象です。産業医は事業場に常駐、もしくは赴いて職務にあたります。
一方で主治医の業務は、ケガや病気などによって医療機関を受診する患者が対象です。基本的には病院や診療所などの勤務先に常駐し、診察に訪れた患者に対して医療行為などを行います。
立場
産業医は事業者と従業員との間で中立的な立場を取ります。そのため、どちらかの意見に偏らないように両者の意見を聴取し、それを踏まえた上で、産業医の視点や知識をもって対応していきます。
一方で主治医は患者に寄り添い、患者の立場に立って職務にあたります。医師としての判断だけでなく、患者や家族の意見も尊重して治療方針などを決定します。
権利
産業医の権利について、労働安全衛生法第13条第5項では、次のように定められています。*2
“産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる。この場合において、事業者は、当該勧告を尊重しなければならない。”
労働安全衛生法 第13条第5項(参照:2023-02-27)
産業医は主治医にはない「事業者に対する勧告権」を有しています。従業員の健康管理の観点から職場環境などの改善が必要であると判断された場合、産業医は事業者に対して勧告を行います。
産業医による勧告は段階を踏んで行われ、まず衛生委員会で提言をしたり衛生管理者に対して指導したりしていき、それでも改善が進まない場合などには事業者に対して勧告を行います。また勧告は産業医の一方的な判断では行われません。労働安全衛生規則第14条の3第一項では、「産業医は、法第13条第5項の勧告をしようとするときは、あらかじめ、当該勧告の内容について、事業者の意見を求めるものとする。」とされています。勧告は事業者側の意見を聞いた上で、産業医が必要だと判断した場合にのみ行われるものです。*3
産業医の勧告を受けた場合、事業者は対応策を講じる必要があり、労働安全衛生法第13条第6項の定めるところにより勧告の内容や対応できない場合にはその正当な理由を、衛生委員会に報告しなければなりません。
産業医の業務内容について
産業医は従業員の健康管理や健康に働ける職場環境を作るために、以下のような職務を行います。*4
- 健康診断の実施と就業判定
- 健康相談・休職時や復職時の面談
- ストレスチェックの実施
- 長時間労働者への面談
- 職場巡視
- 労働衛生教育・保健指導
- 衛生委員会への出席
産業医は健康診断の結果から、従業員が働ける状態にあるかどうかを確認し、問題がある場合の早期発見や解決をサポートします。
またストレスチェックにおいて、長時間労働や職場環境などの影響で高ストレスと判定された従業員が面談を希望した場合には、医師による面接指導が必要です。この場合、主治医では職場環境や業務内容を把握しにくく正確な判断ができない可能性があります。一方で産業医であれば定期的な職場巡視によって職場環境や業務内容を把握できるため、総合的な判断を行うことが可能です。
産業医が求められるようになった背景
産業医が求められるようになった背景には、以下のような事象が関係しています。
- 長時間労働による健康被害の増加
- メンタルヘルス不調者の増加
- 働き方改革の推進
長時間労働による健康被害は、かねてより日本で大きな問題として取り上げられてきました。1972年には労働安全衛生法により産業医の選任が規定されましたが、権限が大きくなかったために、産業医の意見を尊重しても具体的な改善を行わない事業者が多かったとされています。*5 そのためメンタルヘルスの不調を始め、長時間労働によって引き起こされる健康被害が増えていきました。
そして2015年には常時50名以上の事業場を対象に、メンタルヘルス不調の対策を目的にストレスチェックが義務化されるように。ストレスチェックの対象者は全従業員であり、契約期間が1年以上などの条件に適用する契約社員やパート、アルバイトも含みます。*6
2017年には労働安全衛生規則などの改正によって、事業者が産業医に対して長時間労働を行った従業員の情報を提供する義務が加わりました。*7
次いで2019年には働き方改革関連法が施行され、産業医の権限や産業保健の機能が強化されました。事業者は産業医に対して健康診断などの情報を速やかに提供する他、勧告を受けた際の内容の記録や保存、衛生委員会への報告などが義務化され、従業員に対して産業医の存在や業務を知ってもらうための措置を講じることなどが定められました。また、長時間労働者に対する面接指導の要件も変更され、労働者の健康管理も強化されています。*8
こうした法改正の背景には長時間労働による健康被害の増加、メンタルヘルス不調者の増加があり、改正を重ねるごとに産業医の重要性も高まっています。事業者に課せられる義務も増加傾向にありますが、産業医と連携し、従業員の健康維持・増進を図り、職場環境を整えることで生産性の向上と長期的な労働力の確保が期待できるでしょう。また法を遵守することで企業イメージや企業価値も高まるはずです。
産業医は必ず必要?
事業者は以下の条件に該当する場合に産業医を選任する義務が生じます。*9
- 従業員が常時50人以上の事業場…1人の産業医
- 従業員が常時1,000人以上の事業場…専属産業医1人
- 従業員が常時3,001人以上の事業場…2人の産業医
- 従業員が常時500人以上で一定の有害業務がある事業場…専属産業医1人
- 工場など深夜に業務がある事業場…専属産業医1人
条件に当てはまる事業場は、産業医の選任義務が発生した日から14日以内に選任する必要があり、産業医の選任義務に違反すると労働安全衛生法第120条の規定により50万円以下の罰金が科せられてしまいます。選任条件を確認し、該当する場合は速やかに産業医を選任しましょう。
なお従業員数が50人未満の事業場では産業医を選任する義務はありません。しかし労働安全衛生法では、事業者は従業員の健康管理などの全部もしくは一部を医師に行わせるよう努めなければならないと定められ、健康診断結果についての医師からの意見聴取なども義務付けられています。こうした業務を実施したい場合などには、小規模事業場に対して産業保健に関する支援を行っている地域産業保健センターに相談しましょう
産業医の選び方
産業医を探すには、主に以下4つの方法があります。
- 人脈などを元に見つける
- 健康診断の依頼先に確認してみる
- 地域の医師会に確認する
- 産業医の紹介サービスを活用する
健康診断を実施している医療機関や、各都道府県にある地域の医師会で産業医を紹介してもらえる場合があります。人脈をたどるなどして自力で見つける場合には、産業医を選任している取引先などに相談するのも一つの手です。
また産業医の紹介サービスを利用するのもおすすめです。費用はかかりますが、選任までの手間がかからないことや条件に合う産業医を見つけやすいなどのメリットがあります。
※産業医の選び方のポイントや注意点について詳しく知りたい方は下記の記事を併せてご覧ください。
産業医を選ぶときのポイント
産業医を選ぶときには、以下4つのポイントを確認しましょう。
- 産業医としての実務経験
- 産業医として対応可能な範囲
- 自社のニーズに合っているか
- 人柄を重視した選考も大事
経験については年数や担当した企業数、業種などを確認しましょう。対応範囲では得意な分野の他に、メンタルヘルス面談などにも対応できるか確認したいポイントです。
自社が産業医に求めることは何かを事前に整理しておきましょう。整理できていれば求める産業医像が明確になり、よりニーズにマッチした産業医を見つけやすくなります。
産業医の人柄、コミュニケーション能力は最も重要です。親しみやすさだけでなく、産業医としての考え方もできる限り把握しておきましょう。中立性を保って最善の策を講じるスキルや、休職や復職時には主治医と事業者、従業員の間に立ち、円滑に進められるコミュニケーションスキルなどがあると、企業にとって存在価値の高い産業医となるでしょう。
まとめ
産業医は原則として医療行為ができません。その代わり、一般的な主治医にはない産業保健の知識や視点から、従業員の健康維持・増進を支援、助言を行ってくれます。従業員が健康で働けることは長期的な労働力の確保につながるため、人財不足の解消にも有効です。
また産業医を探し始める前にどのような産業医を選任し、どのような健康対策を行えば自社の企業価値を高められるかを整理し、産業医を選ぶ際に重視するポイントをまとめておきましょう。
*1 厚生労働省「産業医について~その役割を知ってもらうために~」(参照:2023-02-27)
*2 e-Gov「労働安全衛生法 第13条第5項」(参照:2023-02-27)
*3 e-Gov「労働安全衛生規則 第14条の3第1項」(参照:2023-02-27)
*4 独立行政法人労働者健康安全機構「中小企業事業者の為に産業医ができること」(参照:2023-02-27)
*5 労働者健康安全機構「産業保健の歴史年表 1972 – 2020」(参照:2023-02-27)
*6 厚生労働省「ストレスチェック制度導入マニュアル」(参照:2023-02-27)
*7 JISHA 中央労働災害防止協会 安全衛生情報センター「労働安全衛生規則等の一部を改正する省令等の施行について」(参照:2023-02-27)
*8 厚生労働省「『産業医・産業保健機能』と『長時間労働者に対する面接指導等』が強化されます」(参照:2023-02-27)
*9 公益社団法人東京都医師会「産業医とは」(参照:2023-02-27)