専属産業医は特定の事業場に常勤する産業医です。従業員数1,000人以上の企業で選任が義務付けられていますが、専属産業医の契約形態や勤務形態については各企業の判断に委ねられています。
この記事は主に産業医の選任に携わる人事担当者の方に向けて、専属産業医を選任する必要のある事業場の規模や専属産業医の勤務形態と契約形態、また、嘱託産業医との違い、専属産業医の探し方などについてご紹介します。自社の産業医選任の際にお役立てください。
目次
専属産業医とは
産業医とは、労働者が快適な労働環境で健康に働けるように指導、助言する医師の資格を持った専門家です。それでは、専属産業医とは、産業医の中のどんな医師を指すのでしょうか。ここでは専属産業医の定義や働き方、選任しなければならない事業場の条件などについて解説します。
事業場に常勤する産業医
専属産業医とは、特定の事業場において専属で働く産業医です。「専属」についての法律上の厳密な定義はありませんが、原則として複数の事業場を掛け持ちすることなく、特定の事業場に常勤することを意味します。
なお事業場とは同じ場所にある組織的な作業を行う職場を指すため、異なる場所に営業所や支店などがある企業の場合には、複数人の産業医が必要になるケースもあります。
専属産業医の勤務日数
専属産業医の勤務日数について法律上の決まりはありませんが、「専属」である以上、社会保険加入対象となる勤務日数を設定するのが妥当であるとする企業が多いようです。そのため、専属産業医は特定の事業場に週4~5日、1日3時間程度~フルタイムで勤務するのが一般的であるといわれています。週1~2日勤務の場合は、労働基準監督署の指導対象になる可能性があります。
専属産業医が常勤する事業場の規模と人数
専属産業医を常勤させなければならない事業場の規模と選任人数は以下の通りです。
事業場の条件 | 専属産業医の人数 |
---|---|
常時1,000人以上~3,000人の労働者を使用する事業場 | 1名 |
常時3,001人以上の労働者を使用する事業場 | 2名 |
上記の条件は労働安全衛生規則第13条(産業医の選任等)に定められています。条件を満たした場合、14日以内に選任しなければ法律違反になり、罰則の対象となる場合があるため注意が必要です。
有害業務の場合は従業員数500名以上で専属産業医の選任が必要
法定の有害業務を行う事業場では、常時500人以上の労働者を従事させる事業場で1名の専属産業医が必要です。有害業務にあたる業務は、次の労働安全衛生規則第13条第1項第3号に定められています。
三 常時千人以上の労働者を使用する事業場又は次に掲げる業務に常時五百人以上の労働者を従事させる事業場にあつては、その事業場に専属の者を選任すること。
- イ 多量の高熱物体を取り扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務
- ロ 多量の低温物体を取り扱う業務及び著しく寒冷な場所における業務
- ハ ラジウム放射線、エツクス線その他の有害放射線にさらされる業務
- ニ 土石、獣毛等のじんあい又は粉末を著しく飛散する場所における業務
- ホ 異常気圧下における業務
- ヘ さく岩機、鋲打機等の使用によつて、身体に著しい振動を与える業務
- ト 重量物の取扱い等重激な業務
- チ ボイラー製造等強烈な騒音を発する場所における業務
- リ 坑内における業務
- ヌ 深夜業を含む業務
- ル 水銀、砒素、黄りん、弗化水素酸、塩酸、硝酸、硫酸、青酸、か性アルカリ、石炭酸その他これらに準ずる有害物を取り扱う業務
- ヲ 鉛、水銀、クロム、砒素、黄りん、弗化水素、塩素、塩酸、硝酸、亜硫酸、硫酸、一酸化炭素、二硫化炭素、青酸、ベンゼン、アニリンその他これらに準ずる有害物のガス、蒸気又は粉じんを発散する場所における業務
- ワ 病原体によつて汚染のおそれが著しい業務
- カ その他厚生労働大臣が定める業務
専属産業医と嘱託産業医の違い
産業医は専属産業医と嘱託産業医の2種類に分けられます。ここでは嘱託産業医の概要と専属産業医との違いを解説します。
専属産業医と嘱託産業医「事業場の規模」に違いがある
労働者の人数が常時50人以上の事業場には、産業医の選任が義務付けられています。常時50人以上~999人の従業員を雇用する事業場では嘱託産業医1名(または専属産業医1名)を選任します。
有害業務に常時500人以上の労働者が従事する事業場、常時1,000人以上の労働者が従事する事業場では専属産業医を選任する必要があります。
専属産業医の選任条件との違いをまとめたのが以下の表です。
事業場の条件 | 産業医の人数 |
---|---|
常時50人以上~999人 | 嘱託産業医 または専属産業医1名 |
常時1,000人以上~3,000人の労働者を使用する事業場 | 専属産業医1名 |
常時3,001人以上の労働者を使用する事業場 | 専属産業医2名 |
常時500人以上の労働者を従事させる法定の有害業務を行う事業場 | 専属産業医1名 |
専属産業医と嘱託産業医「勤務形態」に違いがある
専属産業医と嘱託産業医は勤務形態に違いがあります。主な違いをまとめたのが以下の表です。
専属産業医 | 嘱託産業医 | |
---|---|---|
労働形態 | 常勤 | 非常勤 |
働き方 | 専属 | 他の企業の嘱託産業医や医療機関との兼任が多い |
勤務日数(目安) | 週4~5日 (1日3時間程度~フルタイム) | 月1回~数回の訪問、1回数時間程度 |
専属産業医は原則として常勤で、選任される企業の専属になります。嘱託産業医は非常勤になり、開業医や勤務医として働く傍らに企業の産業医を兼任する場合が多いです。複数の企業の嘱託産業医を務める場合もあります。
常時50人以上~999人の事業場では嘱託産業医を選任する場合が多いですが、専属産業医と嘱託産業医のどちらを選んでもかまいません。迷った場合は、産業医にどのような役割を期待するかや、費用の負担などを総合的に検討して決めるとよいでしょう。
専属産業医と嘱託産業医「基本的な職務」に違いはない
専属産業医と嘱託産業医は働く事業場の規模や勤務形態の違いはありますが、基本的な職務に違いはありません。産業医の職務は労働安全衛生規則第14条に定められています。要点をまとめると次の9つです。
- 健康診断の実施、措置
- 長時間労働者の面接指導、措置
- ストレスチェックの実施、面接指導、措置
- 作業環境の維持管理
- 作業管理
- 上記以外の労働者の健康管理
- 健康教育、相談、健康の保持増進のための措置
- 衛生教育
- 健康障害の原因調査、再発防止措置
上記の職務の他、原則として月1回の職場巡視、衛生委員会への参加、長時間労働者の情報把握があります。
なお専属産業医と嘱託産業医はいずれも医師の資格を持った専門家です。産業医になるための要件も共通ですので、習得している知識や技能に差はありません。
専属産業医との契約形態
産業医との主な契約形態は、以下の3種類です。
・雇用契約
事業者と産業医が正社員または契約社員、嘱託社員として直接雇用契約する方法です。
専属産業医で多く見られる契約形態です。
・業務委託契約
業務委託契約は直接契約の一種で、嘱託産業医との契約において一般的な契約形態です。専属産業医でも、
業務委託契約を締結しているケースもあります。
・間接雇用
産業医の紹介サービスなどを介する場合は、産業医紹介サービスと自社とで契約を締結し、
産業医とは間接的な契約になる場合が多いでしょう。
先述した、専属産業医が他の事業場の産業医を兼務できるケースについて、ここで補足しておきます。専属産業医は原則、特定の事業場の専属ですが、条件を満たすと兼務も可能です。厚生労働省は「専属産業医が他の事業場の非専属の産業医を兼務することについて」という通達を出しており、以下の条件すべてを満たせば兼務が認められます。
- 労働衛生に関する協議組織が設置されている等労働衛生管理が相互に密接し関連して行われていること
- 労働の態様が類似していること
- 産業医の職務に支障が生じない
- 常時勤務する従業員が3,000人以下
詳しい内容は、以下の文書を確認してください。
参考:厚生労働省「『専属産業医が他の事業場の非専属の産業医を兼務することについて」の一部改正について」
専属産業医のメリット
専属産業医のメリットは頼れる専門家が常に事業場にいることです。具体的には以下のようなメリットがあります。
・事業場内部のことをしっかりと把握できる
頻繁に労働環境をチェックしているため、異常な状況やリスクがあれば、いち早く対応してもらえます。
・日常的に従業員たちの健康管理や指導ができる
普段の様子を観察しているため、メンタルヘルスの不調など表に現れにくい問題に気づいてもらいやすくなります。
また従業員が専属産業医に親しみやすくなることから、気軽な相談を促す効果も期待できるでしょう。
・経営的なサポートを受けやすくなる
企業に属する専属産業医であれば、メンタルヘルス向上、健康経営(従業員の健康増進に経営的な観点から行う施策)
など長期的な取り組みへのアドバイスをもらいやすくなります。
苦労を伴いやすい専属産業医の探し方
ここでは一般的な産業医の探し方を4通り紹介します。先に結論を言うと、多くの企業に向くのは、すぐに産業医を紹介してもらえる産業医の紹介サービスを利用する方法です。
というのも、日本の産業医の多くは嘱託産業医として働いており、専属産業医が見つかりにくいからです。メンタルヘルス向上や健康経営など、自社の課題に対応できる専属産業医を探す場合は、さらに手間と時間がかかるでしょう。産業医の紹介サービス以外の方法をとる場合は、時間に余裕を持って探すことをおすすめします。
事業所所在地の地区医師会や医療機関に相談する
各都道府県にある医師会や医療機関に、専属産業医を紹介してもらう方法です。ただし必ずしも産業医を紹介しているとは限らないため、事前にリサーチした上で相談するとよいでしょう。
事業所の所在地の医師会は、以下の日本医師会のWebサイトから探せます。
健康診断を実施している健診機関に紹介を相談する
健康診断を依頼している健診機関に専属産業医を紹介してもらう方法です。健康診断とセットで契約すれば、費用を抑えられる場合もあります。
ただし産業医を紹介していない健診機関もあります。また健診機関と関連のある産業医は嘱託産業医が多く、健診機関での職務の他、別の企業の産業医を兼任しているケースもあり、専属産業医として働いてもらえない場合が少なくありません。
産業医の紹介サービスに相談する
産業医の紹介サービスに、専属産業医を派遣してもらう方法です。自社の要望や産業保健上の課題、従業員数などを伝えれば、さまざまなスキルや経験を持った産業医の中から、適任者を紹介してもらえます。
産業医の紹介サービスを利用するメリットは、自社の手間をかけずに短期間で専属産業医を見つけられることです。各地域にある複数の事業場で産業医を探している場合も、広く事業を展開している産業医紹介サービスであれば、まとめて依頼することも可能となり、手続きを一本化できます。
経営者や従業員の人脈、知人の紹介などで探す
経営者や知人などの人脈を使って専属産業医を探す方法です。適任者が見つかれば信頼関係を築きやすいのがメリットです。一方、適任者でなかった場合に解約しにくいことや、直接の契約交渉が必要になるため、多少手間がかかるというデメリットもあります。
専属産業医を探すときは産業保健体制の整備と構築も考慮する
専属産業医を探すときは、産業保健体制の整備、構築もあわせて考えましょう。従業員数が多く職場面積も大きい事業場では、産業保健上の課題も必然的に多くなり、いくら優秀な専属産業医を選任しても、それらの課題がすべて解決されるわけではありません。
産業保健に積極的に取り組む企業では、健康管理室と呼ばれる部門を設けています。健康管理室とは、産業医や産業保健スタッフが所属し、身体的な健康管理やメンタルヘルスケアなどを実施する部門です。
健康管理室を設けるのが難しい場合は、専属産業医をサポートする産業保健スタッフを追加で雇うのも効果的です。例えば産業保健師や看護師がいれば、専属産業医の業務負担が軽くなります。これによってストレスチェック面談や健康障害の原因調査に時間をかけるなど、本来の職務に集中しやすい環境が整うでしょう。
まとめ
専属産業医は特定の事業場において専属で働き、労働者が健康で快適な労働環境で働けるように指導、助言する専門家です。常勤してもらえるため、事業場内部をしっかりと把握してもらったり、日常的に従業員たちの健康管理や指導をしてもらったりすることが期待できます。
ただし、日本では専属産業医が少なく、適任者を見つけにくい傾向があります。そのため多くの企業におすすめなのは、産業医の紹介サービスを利用する方法です。