最近、「ヘルプシーキング」という言葉を、見かける機会が増えてきました。
とくに、職場におけるヘルプシーキング力(仕事をひとりで抱え込まずに、周囲に必要な助けを求めるスキル)が、注目されています。
この記事では、ヘルプシーキングとは何か、基本的な概念を解説します。そのうえで、自分や部下、職場全体でヘルプシーキング力を高めるには何をすればよいか、具体的にお伝えします。
目次
ヘルプシーキングとは?
最初に、ヘルプシーキングの意味から確認していきましょう。
ヘルプ(助け) × シーキング(探し求める)
ヘルプシーキングは、もともと心理学や公衆衛生学の分野で使われてきた用語です。
日本語では「援助要請」と訳されます。
【参考:援助要請 help-seeking】
―出所)有斐閣 現代心理学辞典「援助要請 help-seeking」
個人が,問題解決や困難さの軽減のために,他者に助けを求めること。広義には旅先で道をたずねることから,狭義にはカウンセラーや医師への相談まで,意味する内容は幅広い。援助要請先は,友人や家族などのインフォーマルな人から,教師,看護師,カウンセラー,医師などの職業的な援助者まで多岐にわたる。(後略)
ヘルプ(Help)は「助け」、シーキング(Seeking)は「探し求める」という意味です。
Seeking には、「目的を持って、何かを見つけたり手に入れたりするために、積極的に行動する」というニュアンスがあります。
単に「求める」だけではない点が、念頭に置きたいポイントです。
WHOによる定義
本記事の執筆にあたって、いくつかの文献を調べましたが、ヘルプシーキングは広義から狭義まで、さまざまな意味で使われています。
ここでは、世界保健機関(WHO)の青少年に関するレポート内での定義をご紹介します。
私たちは、青少年のヘルプシーキング行動を、次のように定義している。
青少年自身が、個人的・心理的・感情的・健康に関連した支援やサービスの必要性を感じ、その必要性をポジティブな方法で緩和または解決するために行う、あらゆる行為や活動。
(中略)
私たちは、ポジティブなやり方であることを重視している。反社会的な仲間との付き合いや集団での薬物使用のような行為と、ヘルプシーキングを区別するためである。
青少年は、それをヘルプシーキングと捉えるかもしれない。しかし、健康やウェルビーイングの観点で、ポジティブとはいえない。
※筆者抄訳
―出所)世界保健機関(WHO)Gary Barker「Adolescents, social support and help-seeking behaviour」p.49
ポイントを以下にまとめておきましょう。
【ヘルプシーキングのポイント】
- 抱えている問題や支援の必要性を自己認識していること
- アクション(行為)からアクティビティ(活動)まで幅広く含むこと
- 健康やウェルビーイングの観点からポジティブなやり方であること
自分のヘルプシーキング力を高めるアプローチ
冒頭でも触れましたが、近年、職場におけるヘルプシーキングをビジネススキルと捉える向きがあります。
「ひとりで仕事を抱え込むのは、仕事のパフォーマンスや健康に悪影響であり、必要に応じて助けを求めるスキルが重要」
とする考え方です。
とはいえ、「なかなか、助けを求めるのは苦手」という方が多いのではないでしょうか。
ここからは筆者の経験則を交えて、職場で “上手に” ヘルプを出すアプローチをご紹介します。
ヘルプシーキングの4つのプロセス
職場でのヘルプシーキングは、4つのプロセスに分けて考えられます。
- 問題を認識する
ヘルプシーキングは「自分は問題を抱えている」と自覚するところから始まります。ヘルプシーキングの必要性に気づかないと、問題が長期化あるいは深刻化するリスクがあります。
- 告白する勇気を持つ
自己肯定感の低い人や、周囲の評価が下がることを極端に恐れる人にとって、自分の問題を告白するのは、ハードルが高いことです。まずは、このハードルを乗り越える勇気が必要です。
- サポートを求める
勇気が持てたら、適切な相手とタイミングを見極めて、サポートを求める行動をします。たとえば、上司や同僚への相談、人事部やメンタルヘルスの専門家への相談などが挙げられます。
- サポートを受け入れる
助けを求めたあと、提供されたサポートを素直に受け入れることで、ヘルプシーキングが成り立ちます。サポートを拒否すると、問題のさらなる悪化を招くことがあります。
「うまくヘルプシーキングできそうにない」という方は、どのプロセスが苦手なのか考えることで、解決のヒントが得られます。
ヘルプシーキングに必要なスキル
以下は、前述の4つのプロセスを踏まえ、ヘルプシーキングに必要な代表的なスキルをまとめたものです。
- 現状認識力
自分が抱える問題について正確に把握する力。自身の考え方の癖や心理状況なども含めて、客観的に観察する必要がある。
- 情報収集力
自分の問題に対処するために利用できる手段やリソースを見つけるために、役立つ情報を集める力。
- 自己受容
自分の弱みや失敗を否定せずに受け入れること。自己開示を行うためには、自己受容が必要となる。自己受容ができれば、不安や恥の感情、自己保身に飲まれることなく、ありのままの自分をさらけ出せる。
- リクエストスキル
受動的でも攻撃的でもなく、相手の立場にも考慮しながら、状況を明確に説明し、支援を依頼する力。よりよい「言い方」を選択するコミュニケーション力も含まれる。
- 柔軟性
差し伸べられた支援の手を、オープンマインドで受け入れる力。自分のやり方や先入観に固執せず、提供されたサポートやアドバイスを受容できること。
自分の弱点と感じられるスキルから、個別に強化を試みることで、総合的なヘルプシーキング力を高められます。
職場のヘルプシーキングを促進する取り組み
続いて、「社内のヘルプシーキングを促進したい」と考える経営者・管理職の方向けの情報をお届けします。
前提として、従業員自身が「適切なヘルプを、自分で出せるスキル」を養っていくことが、最も重要です。
職場での取り組みは、「積極的に助けに行く」のではなく、「受け皿の選択肢を準備しておく」ことにフォーカスします。
具体的な取り組みを3つ、ご紹介しましょう。
- ヘルプシーキング専用の時間を割り当てる
- 問題を抱えた従業員が相談できる窓口を提供する
- 現実的なリソースを提供する
1. ヘルプシーキング専用の時間を割り当てる
1つめは「ヘルプシーキング専用の時間を割り当てる」です。
「ヘルプシーキングMTG」といった名称で、定例ミーティングを設定します。
適切な頻度は、業務内容によって異なりますが、たとえば「毎週木曜15:00〜15:30」という具合に、最初からヘルプシーキングありきで、予定を組み込んでおくのです。
仕事をひとりで抱え込みがちで、ヘルプシーキングをうまくできない部下でも、一歩を踏み出せます。
専用の時間が割り当てられていれば、その時間に向けて、安心してヘルプシーキングの準備を進められるからです。
先ほどご紹介した「ヘルプシーキングに必要なスキル」を部下が習得できるよう、上司として適切なフィードバックをしながら、導いていきましょう。
たとえば、ヘルプを出すべき状況で出せなかったときには、どのプロセスに原因があったのか振り返り、次回以降に役立てていきます。
2. 問題を抱えた従業員が相談できる窓口を提供する
2つめは「問題を抱えた従業員が相談できる窓口を提供する」です。
従業員が問題を認識したあと、適切な支援先を見つけられないことがあります。
業務上の問題であれば社内でサポートできますが、業務外での問題に対しては、相談窓口の設置を通じてサポートするやり方があります。
【相談窓口の例】
- 育児
- 介護
- カウンセリング
- 健康・医療
- スキルアップ・キャリアアップ
- 法律
- ファイナンシャルプランニング
これらの窓口は、専門的な知識を持つ提供会社へアウトソーシングするのが一般的です。
参考:医師や保健師によるサービスの例
※詳しくは「サービス内容」のページをご覧ください。
3. 現実的なリソースを提供する
3つめは「現実的なリソースを提供する」です。
問題を抱えている従業員の、直接的な助けとなるリソースを提供することで、よりポジティブに、ヘルプシーキングを実行しやすくなります。
【提供するリソースの例】
- 家事代行
- ハウスクリーニング
- ベビーシッター・キッズシッター
- 社内託児所・保育施設
- 介護ヘルパー
たとえば、筆者が在籍していたベンチャー企業では、ベビーシッター費用の補助制度を導入し、育児中の従業員に大好評でした。
「助けて」と言えないほど余裕を失っているときは、物理的に活用できるリソースが、ありがたいものです。
近年では、小規模企業にとっても導入しやすいサービスが増えています。自社に合うやり方をご検討いただければと思います。
従業員が、健康的でストレスの少ない生活を送れるサポート体制を整えること、および、その姿勢を会社が行動で明示的に見せることが、ヘルプシーキングの促進につながっていきます。
さいごに
本記事では「ヘルプシーキング」をテーマにお届けしました。
「ヘルプシーキングは、ヘルプシーキングを増強する」と実感しています。
たとえば、ヘルプシーキングに重要な「自己受容」は、多くの方が悩むポイントです。
育ちの傷や過去の失敗など、つらい体験を持つ人にとって、簡単に語れるトピックではありません。
しかしながら、ヘルプシーキングを通じて自己開示にチャレンジする、他者から支援を受ける経験をする、それを受け入れる——、と繰り返すなかで、自己受容が増強されていく感覚があるのです。
「助けてもらう体験」ほど、自分を本質的に助けてくれるものは、ないのかもしれません。