新型コロナウイルス感染症の流行にともない、事業所内での感染症対策や休業時のルール作りに頭を悩ませている企業経営者の方も多いことでしょう。しかし、事業の存続を脅かす感染症はコロナだけではありません。
インフルエンザやノロウイルスなども、ひとたび流行すれば企業に大きなダメージを与えるおそれがあります。欠勤者が続出して業務が滞るようになれば、顧客を失うことにもなりかねません。
もっとも、いずれの感染症も「感染経路」「病原体(感染源)」「宿主」の3要因がそろって初めて感染が成立します。逆にいえば、3つの要因のうち一つでも取り除けば流行はあり得ないのです。
それでは、企業はこの3要因に対してどのような対策を講じるべきなのでしょうか。今回は、さまざまな感染症の発生リスクが高いとされる高齢者介護施設の感染症対策マニュアルをもとに、企業が取り組むべき感染症対策を解説します。
目次
「感染経路」「病原体(感染源)」「宿主」それぞれに対する感染症対策
感染拡大防止で特に重要なのは「感染経路の遮断」です。しかし、感染経路の遮断だけはなく、「病原体(感染源)の排除」「宿主の抵抗力の向上」も併せて行えば、より高い効果が期待できます。ここでは、感染成立の3要因に対して企業内で取り組める対策を見ていきましょう。
「感染経路」に対して企業が講じるべき感染症対策
感染経路には「空気感染」「飛沫感染」「接触感染」などがあります。各経路の特徴などは以下のとおりです。
「空気感染」対策
事業所内での空気感染を防ぐためには、感染症に罹患した従業員とほかの従業員の接触を避けなければなりません。従業員が感染した場合・従業員の家族が感染した場合に備え、感染者が安心して休める社内ルール(例:「出勤停止期間」「出勤しない期間のあつかい」など)を定めておきましょう。なお、空気感染予防には気密性の高いN95マスクなどが有用ですが、きちんと装着するのが難しいこと・長時間作業に向かないことなどから、企業内で使用するのはおすすめできません。
また、空気感染を避ける方法としては時差通勤や在宅勤務なども考えられますが、空気感染を恐れるあまりこれらを導入するのも現実的ではありません。空気感染については、後述のほかの方法(宿主の抵抗力を向上させる方法)で予防することをおすすめします。
「飛沫感染」対策
飛沫感染対策は、すでに多くの企業が取り組んでいる新型コロナウイルス対策と同様で構いません。手指洗浄・マスクの着用・咳エチケットの徹底・3密の回避・こまめな換気など、基本的な感染症対策を継続しましょう。
企業は、従業員の飛沫感染対策をサポートするためにマスクやハンドソープ、消毒薬などの備蓄を切らさないようにしてください。その他、
- 休憩室や会議室などにパーティションを設置する。
- 従業員間の距離が保てるようにレイアウト変更する。
- CO2モニターで換気の効果を確認する。
- 対面ではなくオンラインで会議をする。
など、感染が拡大しにくい環境を整えることも重要です。
「接触感染」対策
接触感染対策で重要なのは、こまめな手指洗浄です。手洗いできない場合は消毒液を利用して、手指の衛生を保つように従業員に働きかけましょう。特に以下の5つのタイミングでは、必ず手指洗浄をするように呼び掛けてください。
接触感染予防には、従業員の自発的な行動が欠かせません。政府機関の公式サイトに掲載されているポスターやチラシなどもうまく利用して、継続的な注意喚起を心がけましょう。なお、内閣官房の公式サイトには、新型コロナウイルス感染症対策に役立つポスター・チラシ集が掲載されています。飛沫感染・接触感染予防に役立つものも多いので、ぜひ活用してください。
内閣官房「新型コロナウイルス感染症対策>感染拡大防止に向けた取組>ポスター・チラシ集」
「病原体(感染源)」に対して企業が講じるべき感染症対策
次は、病原体(感染源)を排除する方法です。事業所内で特に問題となるのは、多くの人がふれる「共用設備」です。ドアノブ・スイッチ類・手すり・エレベーターのボタン・電話・休憩室や会議室などにある共用テーブル・椅子などは、こまめに消毒をするようにしましょう。
そしてゴミは早めに回収すること。鼻水や唾液などがついたティッシュペーパーやマスクがある場合は、ビニール袋に密閉した状態で捨てることを徹底しましょう。ゴミの回収や清掃作業を担当する従業員には、マスク・手袋の着用をうながしてください。作業後の手洗いも必須です。
なお、嘔吐物・排泄物を処理する際には、マスク・手袋・ビニールエプロンなどを使用したうえで、ペーパータオルなどで静かにふき取ります。ふき取ったあとは消毒が必要ですが、ノロウイルス感染症が疑われる場合は、アルコールではなく次亜塩素酸ナトリウムや亜塩素酸水で消毒したあと水拭きをしてください。使用したペーパータオルなどは、ビニール袋に密閉した状態で廃棄します。そして、処理後は手指洗浄をしっかり行うように指導してください。ウイルスが空気中に浮遊しているおそれがあるので、処理後は空気の流れに注意しながら十分な換気をすることが必要です。
嘔吐物・排泄物を処理する機会はあまりないと思いますが、万が一に備えて処理用キット(マスク・手袋・ビニールエプロン・ビニール袋・ペーパータオル・消毒液など)を用意しておくと便利です。
「宿主」に対して企業が講じるべき感染症対策
宿主の抵抗力向上で大切なのは、日々の健康管理です。毎日の体温や健康状態をチェックすることで、ちょっとした変化にも気付きやすくなります。アプリなどを使って健康状態を管理するのも良い方法でしょう。従業員が健康に過ごせるように、勤務時間やシフトを調整することも大切です。
また、ワクチン接種をすすめることも宿主の抵抗力向上に役立ちます。空気感染する感染症(結核・麻しん・水ぼうそう)も、ワクチン接種で予防できます。従業員がワクチン接種を受けやすいように、シフト調整や勤務の免除・休暇付与など職場環境の整備を進めておきましょう*6。ただし、ワクチン接種の強制はNGです。ワクチンを接種できない、あるいは接種を希望しない事情にも配慮して、従業員に不利益が生じないようにしてください。
従業員や従業員家族が感染症に罹患した場合の対応
次は、従業員や従業員の家族が感染症に罹患した場合の対応です。まず、感染症に罹患した場合の休業に関するルールを作り、内容を従業員に周知しましょう。感染拡大を防ぐために、感染確定前の「感染疑い」の段階でも気兼ねなく休めるルール作りが必要です。従業員が濃厚接触者となった場合や、同居人や家族が感染者になった場合の対応もあらかじめ決めておくべきでしょう。
補足になりますが、被用者保険に加入している従業員が病気などで休業する場合、要件を満たせば傷病手当金が支給されます。傷病手当金については就業規則に記載する必要はありませんが、従業員の不安を軽減するために知らせておく必要があります。
なお、経済上の理由で事業縮小を余儀なくされ雇用調整を行わざるをえない事業主が、労働者に対して一時的に休業などを行って労働者の雇用を維持した場合には、雇用調整助成金によって休業手当などの一部が助成される場合もあります。
公的支援も上手に活用して、雇用の維持と事業の存続を両立させましょう。
そして、休業した従業員に対する差別や嫌がらせをしない・させないことも大切です。可能な限り個人の特定につながる情報は流さないこと・ハラスメントに対する相談窓口を設けること・感染症に対する正しい情報を提供することなどは、企業の責務といえます。
また、企業として感染症に対する過剰な対応をしないことも大切です。避けるべき不適切な事例としては、
- 職場復帰できる状態の従業員に対して、同僚や顧客の不安を理由にPCR検査を強制。
- 後遺症を理由に休業延長を指示。
- 家族が医療従事者であることを理由に休業を強制。
などがあります。
企業・職場における感染症対策のポイント
- 情報の収集と発信
感染症に対する正しい情報を収集して従業員に発信する。
→情報の入手先:厚生労働省、内閣官房、国立感染症研究所、外務省、都道府県公式サイト - 感染症防止策の実施
事業内容に応じた感染症対策を講じる。
→手指洗浄の徹底・マスクの着用・来訪者管理・オンラインミーティングの活用・通勤方法や勤務体制の見直しなど - 事前対策
感染症の流行時に不足しがちな備品をそろえる。従業員を守り事業を継続させる計画を立てておく。
→衛生用品(マスク・ハンドソープ・消毒薬・ペーパータオルなど)の備蓄・事業継続計画の策定・就業規則(特に従業員の休業に関する項目)の見直しや変更など - 事業への影響・財務状況を分析する
感染症の流行で自社がどのような影響を受けるかを分析し、必要な運転資金を把握する。
→行政や金融機関などの支援制度に関する情報を収集する
参考)宮城県ホームページ「しごと・産業>産業支援・企業支援>中小企業支援>事業者の皆様へ~新型コロナウイルスへの備えを進めましょう~>企業・職場における対策のポイント」
感染症対策はこれからの時代に欠かせない企業の義務
感染症の流行は、歴史に幾度となく刻まれてきました。そしてこれからも、私たちを繰り返し悩ませることでしょう。だからこそ、感染症対策に積極的に取り組まなくてはなりません。企業が感染症対策に力を入れ、従業員を守ることは事業の継続に欠かせないことです。また同時に、それは顧客からの信頼を得ることにもつながります。
新型コロナウイルス感染症の流行で、企業を取り巻く環境は激変しました。消費者ニーズも大きく変わっています。このような変化を受け、今後は感染症対策が企業の果たすべき責務の一つになることは間違いありません。この機会に、企業内の環境や従業員の働き方、就業規則などを見直し、withコロナ、あるいはafterコロナの時代に生き残れる体制づくりに取り組んでみてはどうでしょうか。