周囲が人のパフォーマンスを上げるという現象のひとつに「ピグマリオン効果」があります。他者に期待されればされるほど、その人の意欲やパフォーマンスが向上するというもので、これは双方に良い影響をもたらすことでしょう。
しかし、真逆の現象もあります。上司が部下を成長させようという意図を持った悪意なき行動が、逆に部下の意欲やパフォーマンスを下げてしまう。あげくに上司と部下の関係を悪化させてしまう。そのような現象を、「失敗誘導症候群」といいます。ピグマリオン効果とは違い全く好ましくないこの現象は、いったいどういったものでしょうか。
スティーブと新しい上司ジェフ
「ハーバード・ビジネス・レビュー」に、このような出来事が紹介されています*1。世界で総収入ランキングトップ100を示す「フォーチュン100」に名を連ねるある企業で、製造現場のスーパーバイザーとして働くスティーブは、意欲的でエネルギッシュだったといいます。上司からの信任も厚く、業績は高く評価されていました。
しかし新しい上司にジェフが就任して、その様子が変わりはじめました。ジェフの仕事のやり方はこのようなものでした。
ジェフは品質管理で深刻な不良品が出ると、
分析結果を報告書に簡潔にまとめるようにたびたびスティーブに求めた。
引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2012年12月号 p124
さて、この指示について皆さんはどう思いますか?不良品が出たことに対して報告書を作成させるのは、ごく自然な指示であると考えることでしょう。また、ジェフにはふたつの目的がありました。
ひとつは情報収集を通じて2人で新しい製造プロセスへの理解を深めようという意図、もうひとつはスティーブに品質問題の根本原因を体系立って分析する習慣をつけさせることです。しかし、スティーブの受け止めは違いました。
ジェフの狙いに気づかないスティーブは、割り切れない思いだった。自分はわかっているし監視も怠っていないのに、なぜわざわざ報告書を提出しなければならないのかと首をひねった。時間がないうえに、上司が要らぬ口出しをしてきたと思ったため、スティーブは報告書の作成にあまり身を入れなかった。
引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2012年12月号 p124
すれ違いはさらに続きます。報告は遅れがち、かつ内容も中途半端なものになっていったため、ジェフはスティーブを意欲あるマネジャーではないと思うようになってしまいました。するとスティーブは次第にジェフを避けるようになりました。そしてその様子を見たジェフは、スティーブの一挙手一投足にまで目を光らせるようになります。2人の関係はさらに悪化、スティーブは退社したいとまで思うようになったのです。
「失敗誘導症候群」の悪循環
このように上司からすれば、悪意はないと考える言動にもかかわらず部下のパフォーマンスが下がっていく悪循環について、IMD(国際経営開発研究所)のジャン学長らは「失敗誘導症候群」と名付けています。悪循環が続くことで、上司が部下の失敗を次々と誘導していくという意味合いです。失敗誘導症候群はこのように悪化していきます。
- 発症前は、上司と部下の関係は良好、少なくとも悪くはない。
- 発症のきっかけは些細なことや個人的事情であることが多い。業務上のミスなど。
- これをきっかけに上司は、部下の行動に目を光らせ、事細かく口を出すようになる。
- 部下は上司から信頼されていないのではないか、集団からはみ出してしまったと考えるようになる。上司への気持ちが薄れたり、あるいは上司に見直してもらおうと背伸びしすぎたりする。
- こうした気弱さや背伸びが上司には「判断力や実力が不足している」と感じてしまい、ますます不信やいらだちを露わにするようになる。
- 部下は「自分は正当に評価されていない」と思い始め、上司や仕事から距離を置き、仕事は機械的になってしまう。
- 上司はいよいよ業を煮やし、厳しく指導する必要があると確信する。
このサイクルが続き、上司と部下の関係は最悪なものになってしまうのです。
上司ジェフに足りなかったものは何か
さて、話を冒頭の部下スティーブと上司ジェフに戻しましょう。ジェフが陥った状況は失敗誘導症候群そのものです。ここで、ジェフに足りなかったものを検証していきましょう。
まず、報告書の作成について、その意図を説明しなかったという点です。これがきっかけになっています。そして、「一方的な不信」です。スティーブが報告書の作成に力を入れなくなった理由を「やる気がないから」と決めつけてしまっています。もしかすると、体調が悪かったのかもしれません。スティーブに何か別のアイデアがあったのかもしれません。あるいは、自分の指示の仕方が悪かったのかもしれません。その可能性に思いが至っていなかったのです。なぜなら、ジェフはよかれと思って報告書を書かせているからです。自分が良いと思うことなのに、それに従わないのは意欲がないということ、という決めつけが暗黙のうちにあったと考えられます。
なお、IMDの学長らによる調査では、上司は「できない部下とはこういうものだ」という画一的な決めつけを持っているといいます。できる部下とできない部下を比較し、できない部下をこのように形容することがわかっているということです。
・意欲や覇気に乏しく、決められた以上のことをやろうとしない。
・消極的で、問題解決やプロジェクトをみずから引き受けようとしない。
・問題の発生を見越す積極性に乏しい。
・創意工夫を発揮しようとせず、何かを提案することも少ない。
・視野が狭く、戦略的視点に欠ける。
・情報を抱え込んだり、権威を振りかざしたりする傾向があり、中間管理職の場合には部下に対してよい上司とはいえない。
引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2012年12月号 p125
このようなバイアスが自分にかかってはいないか、上司にあたる人はチェックしてみましょう。冷静にこれらの要素を見ていけば、それは部下の性格や向き不向きということが大いにあるからです。むしろ、上司こそが身につけるべき項目も多くあります。
「意義」を明確にした論理的コミュニケーションを
「背中を見て育て」「上司から技を盗め」。一昔、二昔前ならこのように言われていました。しかし、今はそれでは通用しませんし、なにより人手不足の現代では非効率です。もちろん仕事の意義は自ら見いだして欲しい、上司としてはそう考えてしまうかもしれません。しかし仕事上でのちょっとしたディスコミュニケーションが悪循環を招き、部下に致命傷を与えてしまう可能性があるのは事実です。「5W1H」というコミュニケーションの法則に立ち返ることと、異変があったときには部下の立場になって考えてみることが重要です。かつて上司から嫌な思いをさせられた、そのような教訓がある人はなおさらです。